総理大臣の資質に重大な疑念、高市氏「秘書・膵臓がんステージ4」発言

ここで問われるのは、「秘書の病歴という典型的な要配慮個人情報を、国会で一方的明かしたことの是非」だけではありません。
郷原信郎 2026.06.08
誰でも

中傷動画疑惑をめぐる国会審議が最も緊迫していた場面で、高市首相の口から、突如として「木下秘書が膵臓がんステージ4」という言葉が発せられました。
中傷動画への関与を問われ、答弁の変遷や不誠実さが批判されるなか、野党側が、中心人物とされる木下公設第一秘書の参考人招致を求めていたタイミングでした。

「重い病を抱えた秘書」の姿が前面に押し出し、議論の矛先をかわそうとしたのではないか、という疑念が生じています。

ここで問われるのは、「秘書の病歴という典型的な要配慮個人情報を、国会で一方的明かしたことの是非」だけではありません。
より本質的なことは、高市首相にとって「秘書」というのはどういう存在なのか、「人格を有する一人の人間」なのか、政治活動の「道具」に過ぎないのかということです。

この発言によって、これまで、中傷動画問題についての高市首相が行ってきた「私も秘書も」という答弁全体の信用性にも重大な疑念を生じさせています。

中傷動画疑惑と参考人招致要求

中傷動画疑惑の発端は、週刊文春などの報道でした。
報道によれば、高市首相の公設第一秘書・木下剛志氏と、動画作成を担った松井健氏との間で、対立候補を批判・中傷する動画の内容や拡散方法について具体的に相談していたとされ、そのやり取りの記録(ショートメール、LINE、シグナルなど)やオンライン会議の音声が公開されました。

記事は、2025年秋の自民党総裁選や、その前後の選挙期間中に、小泉進次郎氏や林芳正氏らを標的にした中傷動画が作成・投稿されたこと、その準備・検討の過程に、高市事務所サイドとされる人物が深く関与していたことを報じ、木下氏から動画作成者への指示やコメントがあったとする具体的なやり取りのショートメール等を示しています。
これに対して、高市首相は、

「他の候補に関するネガティブな情報を発信する、あるいはそのような動画を作成して発信するといったことは、一切行っていない」

「私自身も秘書も(松井氏と)面識がない」

と断言し、

「週刊誌の記事が証拠なのか」

「週刊誌の記事を信じるか、秘書を信じるか、といったら、私は秘書を信じる」

などと強気の答弁を繰り返していましたが、木下秘書と松井氏とのオンライン会議でのやり取りの音声が公開され、国会質疑の事前通告で、その音声を確認した上での答弁を求められると、当初は、

「文春オンラインの有料会員になるつもりはなく、音声は聞いていない」

と述べ、その後になって

「音声は確認したが、声の高さなどに違和感があり、本人かどうか判断が難しい」

などと答弁しました。

こうした答弁の変遷に対し、野党からは「逃げている」「不誠実だ」という批判が高まり、参考人招致を求める声はいっそう強まりました。

6月5日の参議院予算委員会の午前の質疑で、立憲民主党・岸議員が文春オンラインで公開された音声に基づく質問を行ったのに対して、高市首相は正面から答えず、質疑が何度も中断される場面が繰り返され、「当事者を招致しなければ埒があかない」という空気が強まっていました。
まさにその直後の自民・生稲議員からの質疑で、がん対策について

「治療と仕事の両立支援を人的資本への投資であり、我が国の成長力を支える重要な政策としてどのように考えているのか」

と質問された高市首相は、突然、

「私どもの事務所にも、昨年、膵臓がんステージ4を告知された木下という秘書が、今も元気に働いている」

と、前置きしてから、質問に対して答弁しました。
 

首相自ら「秘書がステージ4の膵臓がん患者」であると公表すれば、野党や世論の一部は「そんな重病の人を、長時間の国会参考人として呼ぶのは酷ではないか」と感じやすくなり、「呼べ」と主張する側が冷酷に映る効果もあります。

結果として、「中傷動画の事実関係を当事者から聞くべきか」という本来の論点に、「ステージ4の患者を無理に国会に呼ぶのか」という情緒的な要素が混入し、参考人招致論議そのものを鈍らせる方向に働き得ます。

自らの答弁が揺らぎ、批判を浴びていたこと、木下秘書と動画作成者の招致要求がまさに高まっていた状況で、別テーマの質問の中で唐突に秘書のがん病歴を持ち出したのは、参考人招致への動きを牽制しようとする意図によるものではないかとの疑問が生じています。

「要配慮個人情報」としての病歴公表とパワハラ

個人情報保護法は、個人情報の中でも特にセンシティブなものを「要配慮個人情報」とし、その取得・利用・第三者提供には特段の配慮が必要だとしています。

病歴、特に「膵臓がんステージ4」といった具体的な診断・病状は、この要配慮個人情報に確実に含まれます。

個人情報保護法や関連ガイドラインは、「病歴などの要配慮情報は、本人に差別や不利益が生じないよう、本人の意思と利益を最優先に慎重に扱うべきだ」としています。

このようながんのステージ情報を含む病歴は、本来は「自分の口で話すかどうか」「誰にどこまで伝えるか」を本人が決めるべき性質のものです。本人の明確な同意がある場合には、第三者に提供すること、公開することも問題にはなりませんが、高市首相の発言について、果たして、「同意」があったのでしょうか。木下秘書は、国会で自分の病歴が取り上げられることを、事前に知らされていたのでしょうか。

私自身も、昨年7月、悪性リンパ腫でICUに緊急入院した際、それまでの弁護士業務や社会への発信が突然途絶えることをどう伝えるか、病床で考えた末、病状を公表することを決断し、ステージ4であることも含めてネットで公表しました。その先の展開が全く見通せない状況でしたが、自分の意思で自ら判断したことでした。もちろん、状況によっては、公表しないという選択をすることもあり得ました。

がんの病歴を誰にどこまで伝えるかは、本人が決定すべきことであり、全国中継される国会の場で、上司が本人の病名とステージを開示するのであれば、本人の意思確認を余程慎重に行わなければなりません。

もし、政治的意図に基づく答弁の一環として、上司である高市首相が、事前の同意なく、一方的に秘書の病歴を公表したものだとすれば、「要配慮個人情報を慎重に扱うべき」という法の趣旨からしても、到底許容できない行為です。

しかも、高市首相による秘書の病歴公表が、参考人招致への牽制や自身への批判回避という政治的効果を生じ得るタイミングで行われたことを考えると、

「本人(秘書)の利益よりも、発言者側(首相)の政治的利益の方が優先されていたのではないか」

という疑念が生じます。

公設秘書という職は、国会議員の意向によって一方的に奪うことができるのであり、単なる上司・部下の関係以上に強い権力差があります。仮に、事前に同意を求められたとしても、秘書側が拒否することはほとんど不可能に近いでしょう。「すい臓がんステージ4」という深刻ながん病歴の公開について、事前に同意を求めたとしても、それ自体がパワーハラスメントになり得るものであり、真意に基づく同意と言えるか、重大な疑問があります。

問われる総理大臣としての資質

高市首相は、個人情報の中でも特にセンシティブな「要配慮個人情報」である木下秘書の「ステージ4の膵臓がん」の病歴を、同秘書の参考人招致要求が高まっている状況での国会答弁の中で、唐突に明らかにしました。

それによって、高市首相が、「部下のプライバシーを、自らの政治的立場を守るための道具として利用しているのではないか」との疑念が生じています。

さらに、高市首相の国会での秘書の膵臓がん病歴発言後、XなどのSNS上で

「高市首相が国会で膵臓がんステージ4だと明かした『木下秘書』は、公設第一秘書の木下剛志氏ではなく、別の同じ「木下」という苗字の秘書ではないか」

という指摘が行われています。木下秘書は二人いるということです。

もし、その通りだとすると、高市首相は、木下という「別の秘書」が膵臓がんステージ4であることを国会答弁で公言することで、渦中の木下剛志秘書がすい臓がんの病歴があるかのような誤った認識を世の中に生じさせ、それによって木下剛志秘書の参考人招致を牽制しようとした。そして、そのために、別の秘書のがん病歴というプライバシー情報を公開したことになります。

このような高市首相の発言は、これまでの高市首相の中傷動画問題についての国会答弁全体の信用性にも大きな影響を生じさせることとなります。

高市首相は、

「(動画作成者とは)私も秘書も会ったことはない」

「対立候補への批判は秘書も私の陣営も行わない」

などと「私も秘書も」という言葉を用いて、秘書は自身と寸分違わぬ姿勢と方針で各種選挙に対応してきたことを断言してきました。その上で、「木下秘書」が、

「週刊誌と私とどちらを信じるのですか」

「私たちが知らない人の主張を、一方的に書き立てるストーリーを作っているところに対して、なんで私がお金を払わなきゃいけないんですか」

「(週刊現代への回答書は)間違っている」

などと言っていたと述べ、「木下秘書の言葉」を代弁してきました。

それは、木下剛志秘書が文春、現代等の週刊誌報道を全否定し、記事で引用されているメールのやり取りやオンライン会議の音声、回答書などは「捏造」だと主張していることを意味します。

しかし、木下剛志秘書が、週刊誌報道について、本当にそのように述べているのでしょうか。

同秘書は、週刊現代への回答書等で、経緯を詳しく説明するなどしています(6月7日の現代ビジネスのネット記事《【全文公開】高市総理事務所が「サナエトークン」「誹謗中傷動画」首謀者と接触していた「動かぬ証拠」を公開する》で、多数回にわたる木下剛志氏の回答全文が掲載されています)。このような木下剛志秘書の対応に照らせば、その「言葉」の内容が、高市首相が代弁するようなものだとは到底思えません。

高市陣営「中傷動画」問題、犯罪成立の可能性を徹底検証する】でも解説したように、木下剛志秘書と松井氏との間に、トークンへの「サナエ」の名称使用に関する「特殊の直接利害関係」があるとすれば、中傷動画作成・拡散が、「利害関係を利用して誘導をした」として、公選法の利害誘導罪の問題となり得ます。

しかし、実際に、同罪の要件を充たすかどうかについては、その利害関係の中身、それを「利用して」と言えるか、など多くの点にハードルがあります。20年以上にもわたって国会議員秘書を務めた木下秘書としては、松井氏との関わりを認めた上で、公選法違反など違法の疑いを否定することが可能と考えているからこそ、週刊現代にも丁寧に回答しているのではないでしょうか。

高市首相は、「野党の参考人招致の要求をかわしたい」という政治的意図が窺われる状況で、自らの絶大な権力下にある秘書の極めてセンシティブな病歴を一方的に国会で明かすという秘書に対するパワハラ行為を平然と行いました。それは、秘書自身の意思やその言葉を無視し、「自分の考えと寸分違わないものでなければならない」という言葉の押し付けに過ぎないのではないでしょうか。それによって、木下剛志秘書と松井氏との関係における公選法違反の疑いが一層強まることにもなりかねないのです。

高市首相にとって、秘書は「人格を有する一人の人間」なのか、それとも、単なる「政治活動の道具」に過ぎないのか。

そのような姿勢は、高市首相にとって国民はどのような存在なのか、という点についても深刻な疑念を生じさせることになります。記者会見等で国民への説明責任を果たそうとせず、X投稿による一方的な情報提供に終始する姿勢の背景にも、結局のところ、国民は、自分の良い面だけを見て「熱狂的に支持してくれる」存在であればよい、という考え方があるのではないでしょうか。

高市首相による秘書の病歴発言によって、中傷動画問題の当事者である木下剛志秘書を国会に参考人招致し、一個の人格を有する人間としての「生の声」を確かめることが不可避となりました。

そればかりか、その高市発言は、総理大臣としての資質にも重大な疑問を生じさせています。

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