愛知・名古屋アジア大会の混乱は「無理筋の五輪談合摘発」の帰結
「アジア版五輪」で相次いだ運営トラブル
32年ぶりの自国開催となった愛知・名古屋アジア大会は、10月4日に閉幕しました。
しかし、開催期間中、大会運営をめぐって様々なトラブルが発生し、大会の評価は、運営の不手際で語られるものになってしまいました。
韓国対バングラデシュのホッケー男子の試合前に、韓国ではなく北朝鮮の国歌が流れました。男子バスケットボール決勝の当日には、韓国代表を迎えに来るはずのバスが現れず、直前練習が中止されました。コンテナ型宿舎では水漏れが起き、長身の選手には短いベッドしかありませんでした。サッカーの韓国・カタール両代表を乗せたバスは競技場ではなく野球場に向かい、バレーボール男子パキスタン代表は別会場に運ばれて試合開始が45分遅れました。陸上では計5種目で急な日程変更があり、選手や観客、関係者に混乱が生じました。そして、男子サッカー決勝で韓国チームが優勝し、表彰式で韓国国歌が演奏されましたが、中央に掲揚されるはずの韓国国旗だけがスムーズに上がらず、国歌の演奏が終わるまで最上部には届きませんでした。
10月3日には、JOCの橋本聖子会長が記者会見で
「アスリートにはご迷惑をかけた」
と謝罪しました。分散する宿泊施設が輸送トラブルの原因になったと説明し、
「次に生かしたい」
と述べています。
混乱の原因として、メディアでは「運営に精通した電通の不在」が盛んに語られていますが、問題は、それだけではありません。今回トラブルが集中したのは、輸送、宿泊、会場での進行、式典、日程管理、つまり、大会を現場で動かすオペレーションの領域です。国内で開催される多数のスポーツ大会で、会場設営、競技進行、選手・関係者の動線、人員配置、突発事態への対応を現場で担うのは、イベント制作会社です。
ところが、2021年の東京五輪大会で各競技会場の運営を実際に動かした広告代理店とイベント制作会社群が、東京五輪談合事件で「談合企業」として摘発されました。日本で数少ない大規模スポーツ大会を運営する実力のある企業たちが、そこに含まれていました。
五輪談合事件が国内の大会運営体制を解体した
2023年2月、東京地検特捜部は、組織委員会大会運営局の元次長、広告代理店やイベント制作会社などの幹部を逮捕しました。そして同月28日、公取委は、電通グループ、博報堂、東急エージェンシー、セレスポ、フジクリエイティブコーポレーション、セイムトゥーの6社を刑事告発し、特捜部が起訴しました。
その直後から、これらの企業は公共調達の場から一斉に排除されました。文部科学省など14府省庁が、電通、セレスポ、フジクリエイティブコーポレーションの3社を9カ月間の入札参加資格停止にしました。セレスポ名古屋支店も、アジア大会の開催地である愛知県内の多くの市から指名停止措置を受けています。
その後、アジア大会組織委員会は、大手広告代理店1社に委ねる従来の方式を見直しました(【「開催中もリーダー募集」アジア大会トラブル続出!専門家が指摘する“電通離れ”とプロ不在のツケ】女性自身)。報道は、東京五輪・パラリンピックをめぐる事件の影響で「国内大手は受注を獲得できなかった」と伝えています(【アジア大会】仏企業に一括起用の経緯 組織委は〝実績〟を強調も「秘密保持契約があるので…」東京スポーツ)。
その結果、愛知県と名古屋市が中心となっているアジア大会組織委員会が、自治体主導で人材を集めて大会を準備することになりました。今回の度重なる問題発生は、この運営体制の経験不足が露呈したのではないかとの見方もあります。
「談合排除」の帰結が、「630億円の随意契約」だった
皮肉なのは、その後のアジア大会の発注のあり方です。
会場デザイン、仮設インフラの設営、入場管理、アクレディテーション、表彰式対応などは、フランス・リヨンに本社を置くGL eventsの日本法人に一括で委ねられることになりました。組織委の村手聡事務総長は、パリ五輪での実績と、54会場を個別に発注する調整の大変さを理由に挙げています。
契約額は630億円で、2025年4月に締結された随意契約です。愛知県議会では、親会社のGL events SAが両大会の最上位スポンサー「プレステージパートナー」であることから、組織委員会契約規則第20条第14号に基づく随意契約の候補者に選定された、と説明されています。輸送も、大会のオフィシャルパートナーである東武トップツアーズが請け負うことになりました。
東京五輪では、発注者が「入札」という形式にこだわったために、発注者側の担当者が現場で応札者を確保する調整を行ったことが「談合」として刑事罰の対象にされました。その反省の上に立つはずのアジア大会で、運営の中核業務が「スポンサーだから」という理由で、競争を経ずに外資系企業に一括発注されました。「競争の確保」という「談合摘発の大義」は、次の国際大会の発注で実現されるどころか、「競争性のない随意契約での発注」という結果につながったのです。
GL eventsへの一括委託については、大会準備の早い段階から大幅な遅れや混乱があったことが、組織委の内部資料で明らかになっています(【《アジア大会》大混乱を裏付ける組織委員会内部資料〈指示が反映されていない状況〉〈クレームを入れる予定です〉】週刊文春)。
改めて指摘する、五輪談合事件は「無理筋」だった
私は、五輪談合事件での関係者逮捕前の2023年1月に、この事件を独禁法違反の犯罪として構成することへの疑問を指摘しました(【前掲拙稿】)。
そして起訴直後にセレスポ側の弁護人を受任し、検察官の開示証拠や証明予定事実を検討した結果、その疑問は確信に変わりました。その内容は、2023年7月に個人ブログで詳しく述べています(郷原信郎が斬る「東京五輪談合事件に表れた、公取委と検察の関係による“企業の重大リスク”」)。
要点は次のとおりです。
実態に合わない「入札」を押し付けた財務省主計局から出向の企画財務局長ら
東京五輪組織委員会の発注は、公共的な性格はあっても、法的には「民間発注」です。どのような方式で発注するかは、発注者が自由に選べます。
東京五輪は、60もの競技がほぼ同時期に行われる世界最大のスポーツイベントでした。26会場のすべての競技について、穴を空けることなく、過去の実績や競技団体との関係を踏まえて、実施能力のある事業者を確保しなければなりません。しかも、準備は大幅に遅れていました。
最初の発注となったテスト大会計画立案業務では、当初、特命随意契約や、電通を中心とするコンソーシアム方式が検討されました。しかし、財務省主計局から出向していた企画財務局長と、自動車メーカーで長く調達を担当していた調達部長が、内部規則どおりの「入札による発注の原則」にこだわったのです。最終決定権を持つ武藤敏郎事務総長も、当時批判を浴びていた電通と契約することの「見え方」を気にして、入札方式をとることに与しました。こうして、総合評価方式の一般競争入札が採用されました。
ところが、ただ入札を公示して落札者と契約するだけでは、大会は成り立ちません。人気競技には応札が集まる一方で、マイナー競技は扱える事業者が少なく、どこも応札しない可能性がありました。国内のスポーツイベントのリソースを全競技にバランスよく配分しなければ、すべての競技を開催することはできません。さらに、東京都から出向していた局長の方針で、一つの会場で行われる複数の競技を一括して一つの事業者に発注することになりました。それぞれの競技について、実施を得意とする業者は異なるため、応札するために複数事業者で「協業」する必要が生じました。
そこで、発注者側の総括者だった森泰夫元次長は、全競技において、責任を持って業務を実施できる事業者が「最低一社」は応札するよう、マーケティング専任代理店の電通の協力を得て「入札前の調整」を行ったのです。民間発注なのですから、発注者から事業者に対してこうした意向を伝えることは違法ではありませんし、発注者の意向を聞いて事業者が業務体制を検討し、応札の可否を伝えるのは当然の対応です。
事業者間の「合意」も「相互拘束」もなかった
独禁法の「不当な取引制限」が成立するには、事業者が共同して互いの事業活動を拘束し、競争を実質的に制限することが必要です。少なくとも、自らの行動を他の応札者の行動に合わせて制約する「相互拘束」と、それを内容とする事業者間の合意が必要です。
談合事件の場合、一定の範囲の入札案件について、「予め事業者間の話合いにより受注予定者を決定し、当該受注予定事業者が入札を行うことを事業者間で合意した上、各案件の入札に当たって、各事業者が同合意に従ってそれぞれ受注予定事業者を決定した」というような事実が違反として認定されます。「話合いによって予め受注者を決めること」を事業者で合意することが、独禁法違反の談合事件なのです。しかし、検察官が主張する「犯行状況」には、そういう「事業者間の合意」はおろか、事業者間の「意思連絡」も全くありませんでした。
検察官が「本件合意成立」と主張しているのは、過去の競技運営の実績経験、受注希望等を考慮して発注者側の森氏と発注業務をサポートする電通からの出向者が作成していた「受注者の割り振り一覧表」を、事業者側が全く知らないところで、「更新した」という組織委員会内部での事象にすぎないのです。
その「割り振り」は、発注者側の責任者の森氏などから各事業者に伝達されましたが、実際には、入札では、「割り振り」を受けていない事業者が応札した事例も多数ありました。起訴状も、事業者が「基本的に当該受注予定事業者のみが入札を行うこと」「などを合意した」、という曖昧な書き方になっています。それは、各社の応札が「割り振り」に拘束されていなかったことを示しています。
実際、落札率(落札価格/予定価格)は平均で約65%と非常に低く、競技によっては20%台という極端な数字もありました。「割り振り」を受けた社も、他社やアウトサイダーが入札してくる可能性を考え、予定価格から大幅に引き下げて応札していました。各社が実際に受注をめぐって競争行動をとっていたことの証左です。
このような事案が、独禁法違反の不当な取引制限などに当たるわけがないことは、常識で考えればわかることです。独禁法には素人の東京地検特捜部の「暴走」でした。そのような検察の意向に抗えなかったのが、独禁法の専門機関で、専属告発権を持つ公正取引委員会だったのです。
検察は起訴の方針を固め、公取委は起訴事実と全く同じ事実を告発事実として告発しました。
同じ構図は、2018年のリニア中央新幹線談合事件でも見られました(【「リニア談合」告発、検察の“下僕”になった公取委】)。
実態を無視した「検察主導の独禁法違反摘発」と刑事裁判の現状
東京五輪大会のテスト大会計画立案業務の発注に関しては、実態に合わない入札を押し付けた組織委の幹部の責任は問われず、大会開催に間に合わせるため、現場で必死に調整して26会場の委託先を確保した森元次長と、その意向に従って業務を受注して、滞りなく東京五輪大会を遂行した電通やセレスポなどの事業者だけが罪に問われたのです。
森元次長は、自らの初公判で起訴事実を認めました。一方で、被告人質問では
「受注調整をしなければ現場は本当に大きな混乱になったと思う」
と述べています。法に触れずに大会を成功させるにはどうすればよかったかと問われると、
「今もどうしたらできるんだろうと……」
と本音を吐露しました。
裁判所は、起訴された6法人・7人をいずれも一審で有罪としました。
しかし、この刑事判決が、独禁法違反の「不当な取引制限」で「有罪」とした論理は、全くデタラメです。
前述したとおり、東京五輪の業務委託に関して、入札前に受注予定者を決定することについて「事業者間での話し合い」が行われた事実は全くありません。では、なぜ有罪になったのでしょうか。
発注者側から特定の競技について実績・経験を認められて、入札に参加するよう要請されればそれに従って応札するのは当然です。もちろん他社も発注者の意向に沿って入札等に向けた行動をとるでしょう。ところが、それを「相互に予測」していたら、「相互に他の事業者の入札行動等に関する行為を認識し、暗黙の裡に認容したと評価することができ、他の事業者との間で意思連絡をしたと認められる」、だから「独禁法違反だ」というのが判決の論理なのです。「予測」することが「意思連絡」だという、意味の分からない理屈です。
五輪談合事件についての、このような理解不能の判決の論理に対しては、独禁法学者の間からも厳しい批判が行われています。(【なぜ独禁法違反なのか分からない 視標「五輪談合の博報堂有罪判決」 独禁法研究者の上智大教授 楠茂樹】)
当然、事業者側にとって、このような結論を受け入れられるはずもなく、セレスポは2025年6月の東京高裁判決に承服できないとして上告していますし、それ以外の社もすべて刑事裁判で事実を争っています。
(※五輪談合事件については、今年9月16日発売のセレスポ稲葉利彦会長との共著【特捜検察という名の権力ヤクザ 東京五輪談合事件・人質司法との死闘】(光文社新書)でも詳述しています。)
日本のスポーツ大会の破壊
五輪談合事件の摘発は、企業と個人に対して法的に疑問のある刑事罰を科しただけでは終わりませんでした。日本の大規模スポーツ大会の運営を支えてきた実務の基盤を壊したことに、もう一つの重大な問題があります。
森元次長が法廷で語った
「受注調整をしなければ現場は本当に大きな混乱になった」
という言葉は、今年のアジア大会で現実のものとなりました。全競技・全会場について、実績と能力のある国内事業者を確保し、事業者間の協業を組み立てる発注者側の調整機能が、アジア大会には存在しませんでした。その調整そのものが「犯罪」とされたのですから、誰もその役割を担おうとしないのは当然です。
「談合企業」という烙印は、国や自治体の指名停止を通じて、企業を公共の大会から事実上締め出しました。それだけではありません。「ああいう会社を使えば、また批判される」という空気を、発注者である行政の側に広げました。その結果、発注者は国内の経験豊かな運営会社を中核に据えることを避け、「スポンサーでもある外資系企業への一括随意契約」を選びました。そうすれば、少なくとも「談合」の批判は受けないからです。
しかし、大会は契約書だけで動くものではありません。国内の交通事情、宿泊施設の実態、自治体や競技団体との調整、ボランティアの指揮、テスト大会で見つかった不具合の本番計画への反映、日々起きる突発的事象への対応。こうした現場の知見は、国内で大会運営を繰り返してきた人と組織の中に蓄積されています。
現場の運営ボランティアからは、命令系統の破綻に困惑する声がSNSに上がっていました。組織委の内部チャットには、輸送の現場について〈現場は追い詰められている〉という悲鳴が記録されています(【《アジア大会》東武トップツアーズのバス輸送でトラブル続出の裏側 組織委内部チャットには〈激詰めが続いています〉〈現場は追い詰められている〉と次々悲鳴が…】)。
もちろん、アジア大会の混乱のすべてを発注の問題に帰すことはできません。主催者であるアジア・オリンピック評議会(OCA)が、選手・関係者数を開催都市契約の上限「最大1万5000人」を超え、1万7000人に膨らませたこと、選手村を設けず、クルーズ船やコンテナ型施設に分散して宿泊させる方式をとったことも大きいと考えられます。
だが、こうした想定外の負荷を吸収し、「ヒューマンエラーが起きることを前提に、それを防ぐ仕組み」を作るのが、まさに運営のプロの役割です。その担い手を、無理筋の刑事摘発で業界ごと萎縮させたことの代償は、決して小さくないのです。
今後の国際大会のために何が必要か
2030年代にも、日本ではさまざまな国際大会やイベントが予定されています。アジア大会の失敗を繰り返してはいけません。
大会組織委員会のような臨時の組織による発注は、法律上の公共入札とは性格が異なります。競争入札を形式だけ装うのではなく、どの業務をなぜ随意契約にするのか、なぜその事業者に計画から本番まで一貫して担わせるのか、発注者が理由を明示して説明責任を負う仕組みにするべきです。
業務を複数の事業者に分ける場合でも、輸送、宿泊、競技日程、式典、会場運営を横断して指揮する「統合オペレーション本部」を発注者が持つ必要があります。そこには、国内大会の経験者を責任ある立場で組み込むことが必要でしょう。
独禁法刑事罰の適用の在り方・指名停止の運用を見直す
独禁法違反の刑事事件は、課徴金減免(リニエンシー)申告者の供述に依拠して始まることが多くなっています。検察捜査が先行し、その過程で、検察が独禁法違反だと「素人判断」を行って捜査対象者の事業者に課徴金減免を唆したりすると、公取委が検察の意向に反して独自に違反の成否を慎重に判断することが難しくなるという構造的な問題があります。
東京五輪談合事件の捜査と処分が、日本の大会運営の基盤にどのような影響を与えたのか。司法判断とは別に、政策的な観点から検証することが不可欠です。
また、起訴の段階で、全国の自治体や省庁が一律かつ長期に指名停止を行えば、判決の確定を待たずに企業の能力が社会から失われてしまいます。指名停止の目的は再発防止であり、制裁ではないはずです。対象となる業務の範囲、期間、解除後の扱いについて、その違反の規模・影響に見合うものとなるよう適切な運用が求められます。
おわりに
東京五輪は、コロナ禍による延期と無観客開催という前例のない条件の下でも、大会としては無事に運営されました。それを支えたのは、大手広告代理店のマネジメントと、イベント制作会社で働く人々の現場力でした。
そのようなノウハウ、スキルを持つ人たちが「独禁法違反の談合の犯罪者」とされ、排除された「次の国際大会」で、日本は「運営の失敗」を世界にさらしました。
談合の摘発が正義の実現だったのか。それとも、そもそも法的に疑問のある事件を無理に立件したことで日本の大会運営の基盤を壊したのか。
アジア大会の混乱は、その問いを私たちに突きつけています。
すでに登録済みの方は こちら