山中竹春氏の「ウソと恫喝」を黙殺無視し続けてきた“メディアの大罪”

山中氏の問題を詳しくご説明します。
郷原信郎 2026.08.20
誰でも

【山中竹春氏のパワハラ”の本質を、「横浜市大時代の重大事案」を通して徹底検証する】に続き、第三者調査によって市職員に対する重大なパワーハラスメントが認定され、市議会や市民からの厳しい批判を受けている横浜市の山中竹春市長に関する問題を整理して紹介することとしたいと思います。

2021年8月の横浜市長選挙に出馬表明していた山中竹春氏について「市長としての適格性」に根本的な疑問を持ち、本格的な落選運動まで行うに至った問題は、“ウソと恫喝”と総称することができます。

私の元に、直接、間接に山中氏を知る人達から、彼の専門性、パワハラ体質、経歴詐称の疑いなどの様々な問題についての情報提供とともに、「絶対に横浜市長にしてはならない人物である」との真剣な訴えがありました。医療情報学、データサイエンスの専門家、医師など様々な立場の人達からも、山中氏に関して公表されている資料から、その能力・資質等に対する根本的な疑問の声が寄せられていました。

経歴詐称問題

山中氏の正確な学歴・経歴と、山中氏が自らの研究者データベース「researchmap」に記載していた経歴には、多くの相違がありました。

理学系研究者の学歴は、学部卒業後修士課程2年、博士課程3年在籍し、博士号を取得するというのが一般的ですが、山中氏の学歴は、それとは異なります。早稲田大学政治経済学部を(1年留年して5年かかって)1996年に卒業した後、学士入学で理工学部数学科に2年間在籍し、その後大学院の「修士」課程を修了したというものです。九州大学医学部で助手になった時点では博士号は取得しておらず、その後、米国NIH留学中の2003年10月に、早稲田大学で「博士論文」の認定を受けて博士号を取得しました。大学院博士課程を経て取得する「課程博士」ではなく、「論文博士」です。

ところが、山中氏は、「researchmap」や横浜市大ホームページ上の経歴では、学部卒業年次を1年遡らせて「1995年 早稲田政経学部卒」とし、1998年の数学科卒を書かずに、「2000年 大学院修了」と、「修士課程」を書かないことで、「学部卒業後、大学院に5年在籍」という、一般的な理学系研究者と同じ外形の学歴になっています。それに加え、博士号取得後に、実際には留学しただけなのに、正式な連邦職員である「NIH リサーチフェロー」として勤務していたように詐称することで、「大学院博士課程を修了し、博士号を取得して、米国NIHに正式職員として採用された」ように見える経歴を掲載していました。

大学院終了の2年後の2002年からの「NIH リサーチフェロー」の詐称は、「博士課程修了・課程博士」を装うために、極めて重要な意味を持ちます。

米国国立衛生研究所(NIH)におけるリサーチフェローというのは、「博士号を取得し、期間限定で更新可能な任命を受けているNIHの職員」で、博士号取得が必須のポストです。2002年の時点では、山中氏は博士号を取得しておらず、実際には、2002年の渡米時は単なる留学生(ビジティングフェロー)で、「2002年 NIH リサーチフェロー」は全くのウソです。しかし、「リサーチフェロー」と詐称することによって、その時点で、博士号を取得してNIHの正規職員に採用されていたようにみえます。実際に、横浜市大内部でも、「博士課程で博士号を取得し、NIH リサーチフェローとして雇用されていた」と認識されていました。

山中氏にとっては、「1995年 早稲田大学 政治経済学部卒」として卒業年次を1年遡らせ、「2000年 早稲田大学大学院 理工学研究科 修了」とすることで、1年留年していたこと、博士課程を経ていないことを隠し、「2002年-2004年 NIH リサーチフェロー」の詐称で、他の研究者と同等以上の経歴を装ってきたのです。

市長選出馬に当たっての「学歴・経歴詐称」への対応

しかし、山中氏が2014年に横浜市大教授に採用される際に提出した履歴書では、早稲田政経学部の卒業年次も、数学科の学部卒業も、正確に記載されていて、学歴・経歴に詐称はありません。また、市長選に出馬することになった後の学歴・経歴の記載は、選挙公報の記載も含め、明白な虚偽の記載はありません。2021年6月に市長選に出馬表明して横浜市大を退職した時点で、山中氏は、経歴を詐称していたリサーチマップのサイトの情報をすべて削除して、経歴詐称を「隠蔽」しました。

つまり、山中氏の経歴詐称は、大学内の同僚、部下、学会・シンポジウム関係者、研究協力企業等に対して、自己のキャリアを誇大に装うためのもので、就職の際に提出する履歴書や、選挙公報などでは経歴詐称は行わず、法的には問題にならないようにしていたのです。

しかし、唯一、法的に問題になる局面で詐称した経歴を提出したのが、公的研究費の申請書における「研究代表者」の経歴の記載でした。

山中氏は、横浜市大に億単位の多額の研究費が交付される研究で「研究代表者」となっていました。同僚や部下との共同研究なので、学内で同僚・部下が認識している経歴が、そのまま研究費の申請書に記載され、「NIH リサーチフェロー」も含まれることになります。上記のように、文科省等では「NIH リサーチフェロー」が、博士号取得者に限定された格付けの高い連邦職員であることは明確に認識されていますから、それに関して、公的研究費の申請書で研究代表者の経歴に詐称があれば、「応募書類に虚偽の記載を行った」という「不正受給」の問題が発生することになります。

また、山中氏は、総額10億円もの研究費が交付された「新型コロナウイルス感染から約1年後における 抗ウイルス抗体および中和抗体の保有状況に関する調査」の研究代表者として、多数のテレビ番組等に出演して「コロナ専門家」をアピールしました。それが、ほぼ唯一といっていい山中氏のコロナ関係の研究への関与であり、「コロナ専門家」として市長選に立候補するための「足掛かり」となったものでした。その記者会見で配布した資料でも「2002年 米国国立衛生研究所( National Institutes of Health)リサーチフェロー」と明らかな虚偽記載をしています。

市長会見での山中氏のウソの連発

市長就任直後の2021年8月30日の記者会見で、フリーランスの西谷格記者から経歴詐称について問い質された山中氏は、経歴詐称疑惑について、合理的な説明をして疑いを解消するどころか、新たに多くのウソを連発しました。

「2002年の7月から2004年の6月まで、NIHで研究者として在職していた」

と述べてNIHでの「在職」を強調する山中氏は、その「役職名」を聞かれて

「研究員に相当する言葉」

としか答えられず、

「アメリカで働くということで、アメリカでの就労ビザ、具体的にはJ-1ビザを取り、NIHに在職していた」

などと言って、米国での「就労」を強調しました。

しかし、西谷記者から、NIH自身が、山中氏の在籍について、

「リサーチフェロー」ではなく「ビジティングフェロー(訪問研究員)」であり、その在籍期間も2003年11月から2004年6月までのわずか8カ月間であった

と回答した事実が明らかにされ、最終的に、NIHではリサーチフェローではなくビジティングフェローであったことを認めました。

また、山中氏が取得したと言っている「J-1ビザ」は、「交流訪問者ビザ」であり、交流プログラムへの参加を目的として渡米する外国人向けのビザです。米国で就労することを希望する外国人のための「就労ビザ」とは異なります。山中氏が「J-1ビザ」を取得してNIHに在籍していたことは、逆に、山中氏が強調する「在職」「就労」目的の渡米であることが否定され、彼が「留学生」の立場でしかなく、「NIH職員ではなかった」ことを示すものです。

山中氏は、経歴にリサーチフェローと記載していたことについて、

「講演や研究発表などで、研究員と表記してきたこともありますし、研究をしているフェローということで、リサーチフェローっていう言葉を使っていたこともあります」

と言って、リサーチフェローを「研究員」と同じ意味の言葉として使っていたかのように説明しました。

しかし、山中氏が、National Institute Health Research Fellow と経歴を表示していた例も多数あるのです。この英語表記は、明らかに、「米国国立衛生研究所のリサーチフェロー」という「役職」を示すものであり、「研究員」と同じ意味だとする山中氏の弁解は通る余地がないものでした。

横浜市大理事長らへの不当要求問題

私が、2021年8月の市長選告示直前に把握したのが、山中氏が、市長選への出馬が報じられた際に、横浜市立大学理事長らに「不当要求」を行った問題でした。それは、投開票日直前に、市長選に向けて、学内での自己の評価を高めるため、理事長という大学のガバナンスの最高責任者に対して、自己に有利な記載の文書を発出するよう強要した疑いでした。

その事実関係の概要は、以下のとおりです。

6月10日前後、横浜のマスコミ各社は、「山中教授、市長選出馬へ」の情報を得て、山中氏本人や大学側に取材をかけていました。理事長・学長は、それを受けて、山中氏に出馬の意向があるのか否かを確認しましたが、山中氏は否定しました。しかし、その後も、「山中教授出馬」に関する取材の動きは収まらなかったので、理事長らは、再度、山中氏の意志を確認しようとしましたが、山中氏は、電話に全く出ませんでした。

そのような状況にあった中、6月16日に、新聞、テレビ各社が「山中教授、市長選出馬」を一斉に報じたのです。このような報道が一斉に行われるのは、本人が出馬意志についてコメントをしたからとしか考えられません。一方で、学長補佐・データサイエンス研究科長の要職にある山中教授の市長選への出馬が突然報じられたことで、教職員は動揺し、市大内部の混乱が拡大しかねない状況でした。理事長らは、山中氏の市長選挙への出馬、退職意思を確認しようと、必死に山中氏と連絡をとろうとしましたが、理事長からの電話に山中氏は全く出ないので、本人の意向を確認しようがありません。

大学当局として、山中教授の市長選出馬や退職について本人の意向を把握しているのか問われ、「わからない」というわけにもいきません。学内の動揺を抑えるために、教職員に向けての学内文書(6.16文書)を発出し、

「ご本人と連絡がとれない状況が続いていますが、現在も連絡をとり続けており、意思確認に努めております。」

と述べたのは、その時点における理事長らの認識そのものであり、何ら事実と異なるものではありませんでした。

また、学長補佐・研究科長の職にある山中氏が仮に市長選に出馬するとしても、横浜市が設置する公立大学としては、選挙活動・政治活動に一切関わることはなく、「中立の立場を貫く」のは公立大学として極めて重要なことで、その旨学内文書に付記するのも当然です。この学内文書の発出は、その時点での理事長・学長として当然の極めて正当な対応だったと言えます。

山中氏側の反発と訂正・謝罪要求の不当性

ところが、山中氏は、市大の理事長・学長名義でこのような学内文書が発出されたことに強く反発し、立憲民主党の花上喜代志、今野典人市会議員とともに、大学当局と面談し、6.16付け学内文書の

「『連絡がつかない状況が続いている』との記載は事実に反する。林市長の意向を忖度し、対立候補の活動を妨害するものだ」

などと言って、理事長らに訂正・謝罪を要求しました。

そして、何回も面談を重ねた上、最終的には、訂正・謝罪に加えて、「設置主体の林市長に配慮した内容」などの記載や、山中氏について「素晴らしい研究業績」と記載するなど、山中氏への称賛を含む7月26日付学内文書(7.26文書)を発出させました。

山中氏は、市長選への出馬が報じられた時点で現職の市大教授であり、学長補佐・研究科長という立場にもありました。横浜市立大学職員就業規則23条によれば、

「退職を申し出て、理事長から承認された場合に、退職によって職員としての身分を失う」

とされており、「理事長の承認」が退職の要件となっています。

また、教員の場合は、退職する日の6カ月前までに文書をもって理事長に申し出ることとされています(24条)。

その時点で出馬を本気で考えていたのであれば、自ら理事長に連絡をとり、市長選への出馬の意志があり、市大教授を退職する意向であることを伝えるのが当然です。山中氏は、学内文書が発出された16日の翌日の17日には東京新聞、18日には神奈川新聞の取材に応じて「立憲民主党などの野党勢力の推薦や支持を得られれば出馬する意向」を明らかにしています。

学内文書で「連絡がつかない状況が続いている」と記載されたことが事実に反するとして訂正・謝罪を求めること自体が、不当な要求でした。

この問題の深刻さは、単に山中氏個人の資質の問題にとどまらず、学長代行という立場にあった人物が、自らの疑惑を隠蔽するために大学組織のガバナンスそのものに介入した点にあります。

この問題は、山中氏の市長選候補者としての適格性を否定する決定的な事実でした。市長選告示直前にこの事実を把握した私は、当時の立憲民主党幹部(枝野幸男代表、福山哲郎幹事長)にも、その事実を伝え、推薦を見直すよう求める文書を送付しました。

しかし、全く反応はありませんでした。

山中氏市長就任後の「市大理事長らへの不当要求問題」の追及

コロナ感染爆発の中で行われた市長選挙で、山中氏が「コロナ専門家キャンペーン」によって圧勝し、市長に就任した後も、横浜市立大学という公立大学法人の運営、ひいては横浜市政全体の公正性に関わる重大な問題だと考え、この問題の追及を本格化させました。

私は、市議3名を紹介者として、市議会に対して、この問題について調査を求める請願を提出しました。この請願については、横浜市議会の常任委員会で審査されることになりました。

この委員会には、花上喜代志市議、今野典人市議のほか、横浜市大の小山内いづ美理事長、相原道子学長も出席しました。12月15日には、山中市長本人が「説明員」として、実に18年ぶりに常任委員会に出席するという異例の事態となりました。

しかし、2時間半にもわたる質疑に対する答弁で、山中氏は、自分の言いたいことを一方的に述べただけで、客観的に明白な事実についても「記憶にない」と答え、定例会見での自らの発言とも齟齬する「言い逃れ」を重ねるなど、誠実に答弁する姿勢は全くありませんでした(【山中竹春横浜市長、請願審査委員会での追及に「虚言」連発。市長の存在自体が「横浜市民にとっての”災難”」)。

審査の過程では、刑法上の強要罪の成立要件についても言及がなされ、自民党の伊波俊之助議員は討論の中で「あとは司法の場で判断される」と述べ、市議会というフォーラムでの追及の限界と、刑事司法手続への移行の必要性が事実上示唆されました。

横浜地検への強要未遂罪告発の受理と神奈川新聞の対応

2022年3月1日、横浜市立大学の現職教職員及び退職者、合計9名を告発人とする刑事告発状が横浜地方検察庁に受理されました。告発の対象となったのは、山中氏がA氏および理事長に対して行った一連の言動であり、刑法223条3項の強要未遂罪に該当するというものでした。

現職の教職員が市長を刑事告発するというのは極めて異例のことで、山中氏の言動が学内でどれほど深刻な問題として受け止められていたかを物語っています。パワハラ音声で明らかになった「大学病院に入れられなくなる」という発言と、理事長に対する文書提出強要の疑いは、いずれも権限を利用して相手方の意思決定を歪めようとする点で共通していて、これが「強要未遂罪」という具体的な犯罪の告発にまで至った背景でした。

当初、神奈川新聞の三木崇記者は、この告発について取材を進め、記事化の準備を進めていました。しかし、最終的にはデスクの判断によって掲載が見送られました。告発人らのコメントがいったん取材されたにもかかわらず、その内容が記事から削除されたことに加え、提供した告発状の写真が無断で使用されるという問題まで発生しました(【「横浜市大不当要求問題」刑事告発、神奈川新聞の取材・報道に重大な問題】)。

この一件は、山中氏を巡る問題が、単に本人の資質の問題にとどまらず、地元マスコミの「監視機能」そのものが十分に機能してこなかったことを示す、象徴的な出来事だったと言えます。

横浜市長パワハラ問題が炙り出した「記者クラブ制度」の構造的欠陥

横浜市の山中竹春市長をめぐるパワハラ問題で、第三者委員会は2026年7月30日、7項目すべてについてパワハラを認定し、「職員の尊厳を深く傷つけ、職場環境を悪化させる、決して看過できない重大なパワハラ行為があった」と断じました。8月13日、14日の総務委員会での質疑を受け、自民・公明・立憲の3会派は山中市長に辞職を要請しました。

このような事態に至る過程を振り返ると、問題が深刻かつ重大なものとなったことの背景に、市政や市長についてのメディアの取材・報道の在り方に根本的な問題があったと言わざるを得ません。5年間、横浜市役所を蝕んできたパワハラの実態を、日常的に市役所を取材していたはずの記者たちは、どのように見て、何をしてきたのでしょうか。

2021年8月30日の市長就任記者会見で、フリーランスの畠山理仁記者は、私がブログで指摘していた山中氏の経歴問題、パワハラ疑惑、大学理事長らへの強要疑惑について、

「選挙戦を通じて山中氏側から反論が全くなかったのはなぜか」

と公式の場で質しました。つまり、これらの疑惑は、市政クラブが同席する公式記者会見の記録に、就任初日から残されていたのです。

しかし、この質問を起点として市政記者クラブ加盟の各社が独自に検証取材を継続した形跡はほとんど見当たりません。この初動の欠落が、5年間の空白の起点になりました。

さらに深刻なのは、記者クラブが市長側の情報統制に加担する構図が繰り返されたことです。フリーランス記者による経歴詐称問題の追及を完全に無視し、質問の流れを変えようとし、最終的にフリーランス記者は定例会見から締め出されました。記者クラブが権力監視の担い手ではなく、権力を守る側に回ったと評されても仕方のない対応です。

2026年1月の人事部長・久保田淳氏による実名告発の後も、この構図は変わりませんでした。山中市長は市政クラブ加盟社限定の非公式な「ぶら下がり」対応に終始し、フリーランス記者を含む開かれた場での説明を避け続けました。久保田氏自身が指摘する通り、1月16日のぶら下がり会見も、一切、市のホームページに載っていません。記者クラブという閉鎖的な枠組みが、市長の発言を公的記録として固定させない「抜け道」として機能していたのです。

近接性が監視の劣化を招いた

5年間にわたり横浜市役所を蝕んでいたとされるパワハラの実態を最初に公にしたのが、市政クラブに属さない週刊誌であり、しかも記者の取材によってではなく、現職幹部本人の「覚悟の実名告発」という形でもたらされました。

2021年の市長選挙から5年の歳月が流れています。この間、私が繰り返し警告してきたパワハラ体質、経歴に関する事実との乖離、都合の悪い追及に対する説明責任の回避という山中氏の行動パターンは、一切改善されることなく、むしろ横浜市役所という組織全体を巻き込む形で拡大していきました。2026年、人事部長による実名告発と、それに続く第三者調査委員会の報告書は、2021年の段階で既に明らかになっていた問題の構図を、より大きな規模で、より深刻な形で裏付けるものにほかなりません。

2021年の市長選の時点で、学内でのパワーハラスメント、経歴の詐称、そして大学理事長への不当な要求という3つの重大な問題が既に明確な証拠と共に示されていたにもかかわらず、山中氏はこれを正面から認めることなく、虚偽の説明と論点のすり替えによって5年間もの市政運営を続けてきたのです。

その結末としての今回の辞任要求と出直し選をめぐる混乱は、5年前に私が落選運動を通じて訴えていた懸念が、決して杞憂ではなかったことを何よりも雄弁に物語っています。

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