兵庫県情報漏洩問題、斎藤知事「起訴」の可能性と「政治上の説明責任」を考える

兵庫県の分断対立は、どうしたら解消できるでしょうか。
郷原信郎 2025.12.08
誰でも

2024年3月、当時の西播磨県民局長が、斎藤元彦知事や県幹部を告発する文書を匿名で複数の機関に送付しました。知事らを告発する文書が県議会議員、マスコミ等に送付されたことに端を発し、告発者の私的情報を県職員が漏洩したことから、これが県庁の内部告発問題に発展しました。

この兵庫県の秘密漏洩問題については、2025年5月の「秘密漏洩疑いに関する第三者委員会」(以下、「第三者委員会」)報告書で、E元総務部長が県議会議員に元県民局長の私的情報を漏洩したと認定し、知事らが指示した可能性が高いとも指摘しました。

これを受け、上脇博之神戸学院大教授が、

「斎藤元彦氏は昨年4月上旬ごろ、疑惑告発文書を作った元県西播磨県民局長の男性の私的情報について、議会側に知らせておくようE氏に命じたか、そそのかし、当時の総務部長のE氏が県議3人に文書や口頭で漏らした」

との地方公務員法(以下「地公法」)違反容疑の告発状を神戸地検に提出し、8月20日に受理されています。

当初、漏洩の事実を否定していたE氏は、その後、

「知事や元副知事の指示に基づき職責として正当業務を行った」

と主張し、副知事であった片山氏も、斎藤氏指示の報告を受け

「必要やな」

と容認したなどとしています。一方、斎藤知事はE氏への指示を否定しています。

兵庫県の斎藤知事をめぐる事件については、今年11月12日に、いくつかの告発事件について同時に不起訴処分が行われましたが(私が上脇教授とともに告発を行った公選法違反事件については、不起訴処分に対して検察審査会に審査申立中)、上記地公法違反の告発事件についての刑事処分は未了です。秘密漏洩の外形的事実を一応認めた上で「正当業務を行った」とするE氏の主張の当否、第三者委員会報告書が「可能性が高い」とした斎藤氏の指示の有無など、事実認定上、法律適用上の問題があり、これらを中心に、神戸地検の捜査と処分に向けての検討が行われていると思われます。

この元県民局長の私的情報の漏洩問題について、刑事事件としてどのような点が問題となるのか、神戸地検の判断はどうなると予想されるのか、刑事実務家の立場から、私なりの分析を行ってみたいと思います。

懲戒処分と刑事処分の違い

最初に指摘しておきたいのは、第三者委員会報告書は基本的に県に対しての指摘であり、地公法違反の秘密漏洩問題への対応も、県として行い得る懲戒処分を念頭に置いたものと考えられることです。

同報告書では、

《地方公務員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならないとされており(地公法34条1項第1文)、この義務に違反して秘密を洩らした者は1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金刑に処せられるとされている(同法60条2号)。》

と秘密漏洩罪に対する罰則を引用した上、

「秘密」とは、「一般的に了知されていない事実であって、それを了知せしめることが一定の利益の侵害になると客観的に考えられるもの」であるとされている(行実昭和30年2月18日自丁公発第23号)。また、それは、単に本人が主観的に秘密とすることを欲する事実であれば足りるものではなく、客観的に見て本人の秘密として保護に値するものでなければならないとされている。

としています。

ここで引用されている「秘密」の定義は、行政実務に関するものであり、犯罪としての秘密漏洩罪における「秘密」の解釈ではありません。同報告書は、秘密漏洩行為が地公法違反の犯罪に該当するとして県に告発を行うことを求めているものではありません。

つまり、第三者委員会報告書の認定事実は、そのまま、地公法違反の犯罪の嫌疑に直結するものではないということです。刑事事件として考える場合には、事実認定のレベルと法適用のレベルの両方から別途の検討が必要になります。

事実認定に関しては、そもそも第三者委員会の認定事実の中に、E氏が県議会議員に漏洩した情報の「内容」が含まれていません。3名の県議会議員は、いずれも

「E氏から、元県民局長の私的情報について口頭での説明を受け、紙に印刷された資料を提示等された」

と供述していますが、その中身を見たとは述べておらず、報告書の認定事実には「漏洩した情報の内容」は含まれていません。

刑事事件としての秘密漏洩は、その内容が特定されて初めて「漏洩罪」の成否を論じることができるのです。

国家公務員法違反の秘密漏洩の刑事事件について、過去の判例等で問題となってきたのは、行政機密の保護の必要性と国民の「知る権利」「報道の自由」との相関関係を背景に、報道機関が取材・報道目的で行政情報を入手した行為についての秘密漏洩罪の成否についての「形式秘説」と「実質秘説」の対立でした。

漏洩の対象となる「秘密」とは、行政機関が秘扱等の表示により一般に知られることを禁ずる旨を示した事項を指すのか、それとも、内容的にみて秘密として刑罰による保護に値する実質を持つ事項を指すのかという点でした。

外務省機密漏洩事件(「西山事件」)等の判例で、「形式秘」であるだけでなく、「実質秘」であることも犯罪としての秘密漏洩の要件になるとの見解がほぼ確定的なものとなっています。

少なくとも、漏洩した情報の内容が特定されることで初めて「実質秘」か否かを論じることができるのであり、単に「県が秘密として保持している情報を県職員が外部に漏洩しようとして提示した」というだけで秘密漏洩の犯罪が成立するわけではないことは明らかです。

県の懲戒処分としては、そのような県として秘匿すべき個人のプライバシーを含む情報を漏洩しようとする「県職員の行い」自体で、「公務の運営に重大な障害を生じさせた」と評価することも可能でしょうが、犯罪としての地公法違反とは決定的に違います。

第三者委員会報告書において、

当委員会としては、E氏の漏えい行為は、知事及び元副知事の指示のもとに行われた可能性が高いことに加え、口頭でその概要を抽象的表現で述べるとともに、紙に打ち出された資料の一部を提示するにとどまっており、これを実際に交付するなどのことはしておらず、しかも、開示を受けた3議員側が目を背けるなどして消極的に対応したことから、その私的情報の概要は把握できても、具体的内容を現実に認識したとまでいえるものではないことは留意されるべきである。

と述べているのも、E氏の漏洩行為の地公法違反についての事実認定の限界、とりわけ、犯罪としての違反認定とは異なることの注意喚起を含む趣旨でしょう。

ということで、この秘密漏洩問題については、少なくとも、第三者委員会報告書の認定事実だけでは、実行行為者のE氏についても地公法違反の秘密漏洩罪を認めることは困難です。

告発後の捜査による漏洩内容の特定の可能性

もっとも、告発を受けての捜査によって、E氏が、県議に、単に提示しただけでなく、私的情報の中身をある程度知らせた事実や、他の人にその私的情報の中身を漏洩したなどの事実が明らかになれば、秘密漏洩の犯罪を認める余地も出てきます。

E総務部長による元県民局長の私的情報の漏洩について報じた週刊文春(令和6年7月25日号)記事では、

「人事課を管轄する総務部長が、大きなカバンを持ち歩くようになった。中には大きな二つのリングファイルに綴じられた文書が入っており、県職員や県議らにその中身を見せて回っていたようです」
「リングファイルの中身は、押収したPCの中にあったX氏の私的な文章。どうやらその文章は、四人組によって、県議や県職員の間に漏れていたようです。事実、私もこの四月に産業労働部長から文章の内容を聞かされました」
「六月ごろから、今度は維新会派の県議たちの間にも私的文章が流出したようだ。すると、維新の岸口実県議と増山誠県議が、百条委員会の場でX氏(元県民局長)のPCに入っていた全てのファイルを公開するよう強く主張し始めた」

などとされており、告発を受けての神戸地検の捜査によって、県議等に私的情報の中身を提供した事実が明らかになる可能性もないとは言えません。

仮に、E氏が元県民局長の私的情報を県議に漏洩した事実及びその情報の中身が特定できたとすれば、地公法違反の秘密漏洩の犯罪の外形的行為は認められることになります。

E氏は、知事に対し、「元県民局長の公用パソコン内に、元県民局長の私的情報にかかる大量の文書等があることが分かった」などと報告したところ、知事から

「そのような文書があることを、議員に情報共有しといたら」

と指示されたと主張しており、片山氏の供述とも整合しています。

斎藤氏は、そのような指示はしていないと述べていますが、E氏、片山氏と斎藤氏との関係性からしても、この点についてのE氏の供述の信用性は高いと考えられます。

「斎藤知事の指示」はあったと認められる可能性が高く、E氏の秘密漏洩の外形的事実と漏洩した秘密の内容が一定程度明らかになれば、「命じたか、そそのかした」と認められる可能性が高いようにも思えます。

秘密漏洩罪の対象としての「秘密」該当性

しかし、この場合、漏洩した「情報」が、秘密漏洩罪の対象となる「秘密」に該当するのか否かが問題になります。

前記のとおり、判例上、秘密漏洩罪の対象となる「秘密」は、「形式秘」であるだけでなく、「実質秘」であることが必要と解されていますが、「実質秘」に該当するかを論じる上でも、「行政機関が秘扱等の表示により一般に知られることを禁ずる旨を示した事項」という「形式秘」の要件を充たすこと、つまり、行政機関側が「秘密」として取り扱っていることが前提となります。それについて、秘密指定が権限ある者によりなされているか、指定が明示的であるか、あるいは適切な取扱いや管理が行われているかなどから判断されることになります。

もっとも、法律の規定により当然に秘密として秘匿されるべきとされているものである場合は、「実質秘」性を論じる必要もなく、「行政機関による明示的な秘密指定」は不要です。例えば、国家公務員である検察官や、地方公務員である警察官が、刑訴法上の権限によって収集した証拠の内容は、法律が当然に「秘密」としているので、行政機関の長による秘密指定がなくても、秘密漏洩罪の対象としての「秘密」です。

では、E氏が漏洩した可能性がある元県民局長の「私的情報」が、秘密漏洩罪の「秘密」の前提条件を充たしているといえるのでしょうか。

第三者委員会報告書において、E氏による漏洩の対象とされているのは、この元県民局長の公用パソコン内にあった私的情報を人事課担当者が県庁に持ち帰り、そのうちの一部のファイルを印刷して保管したいわゆる「緑ファイル」です。

報告書によると、E氏は、総務部職員に、私的な文書の内容が分かる資料の作成を指示し、職員の一人が自らの判断でフォルダから適宜抜粋し、会談室で、勤務時間外に、マスター用1部を片面印刷で、その他の4部は両面印刷で計5部印刷し、これらをいずれも緑色の厚綴じフラットファイルに綴ったうえで、E氏のほか総務部幹部4名に両面印刷のファイル各1部を手渡し、残りのマスター用1部を人事課内の鍵付きロッカー内に保管したとされています。

このような経緯からは、この「緑ファイル」は、E総務部長の指示により総務部内でごく僅かの人間が所持していたものですが、組織として秘密事項として指定した上で管理していたと言えるかは疑問です。

「緑ファイル」は秘密漏洩罪の「秘密」か

では、この「緑ファイル」が、秘密漏洩罪の対象としての「秘密」の前提条件を充たすでしょうか。

そもそも、この元県民局長の公用パソコン内にあったデータを、県の人事課担当者が持ち帰ることになった「調査」は、斎藤知事の指示により、県議やマスコミに送付された告発文書の犯人探索のために人事担当部局で行われたもので、そのような「告発者の探索」を行うこと自体の適法性についても問題が指摘されています。

少なくとも、刑訴法の権限に基づく犯罪捜査のような定型的業務や手続ではなく、収集した資料が法律上当然に「秘密」とされるとは考え難いです。個人のプライバシー情報を公的権限によって取得したものであることから「秘匿すべき要保護性」は高いと言えます。しかし、「緑ファイル」については、総務部長によって秘密指定や適切な取扱い、管理が行われていたとは言い難いでしょう。秘密漏洩罪の対象としての「秘密」の前提条件を充たしているかどうかには疑問があります。

「斉藤知事の指示」と秘密漏洩罪の成立との関係

前記のとおり、E氏の漏洩行為は「斎藤知事の指示」によるものであったと認められる可能性が高いと考えられます。しかし、仮にそのように認定できる場合、秘密漏洩罪の成否について、困難な問題が生じることになります。

国公法、地公法が規定する「秘密漏洩罪」は、当該行政機関が「秘密」としている情報を漏洩する行為であり、その行政機関の長が「漏洩」を指示したり容認したりしたのであれば、それは、「形式秘」に該当せず、秘密漏洩罪の対象としての「秘密」に該当しないと考える余地があります。

なぜなら、従来の判例において問題にされてきたのは、「形式秘」であっても「実質秘」に該当しない「秘密としての保護に値しないもの」があると言えるか否かであり、「形式秘」の指定権者が、「実質秘」に当たる情報を開示することは想定されていなかったためです。

前記のとおり、E氏が漏洩した可能性がある「緑ファイル」は、要保護性が高い個人情報ですが、秘密としての指定や管理状況からは、秘密漏洩罪の対象としての「秘密」に該当するか否か疑問があります。

それに加え、その漏洩行為について、秘密指定の権限を有する行政機関の長である知事自身が、「そのような文書があることを議員に情報共有するように」との指示を行っていたとすれば、行政機関の長として漏洩を指示ないし容認し、議員との情報共有に関して「秘密の指定」を解除したことになります。

行政機関としての「形式秘」を重視する考え方を徹底すれば、その「秘密指定解除」が法律の規定に違反し、或いは裁量権を逸脱するものでない限り、秘密漏洩罪は成立しないことになります。

一方、秘密漏洩罪の「実質秘」該当性は裁判所の判断によるべきとの考え方に立つと、行政の長が「形式秘」の指定を解除して漏洩する行為についても、秘密漏洩罪の成立が肯定される余地があることになります。

斎藤知事の裁量権の逸脱の有無

そこで問題となるのが、行政機関の長が「漏洩」を指示したり容認したりしていた場合、それが法律の規定に違反し、又は裁量権を逸脱すると言えるか、或いは、「形式秘解除の指定」によって「実質秘」を漏洩したものと評価し得るかです。

E氏が漏洩した可能性がある「緑ファイル」は、要保護性が高い個人情報であり、それは、県として秘匿すべき情報として指定し、適切な管理を行うべきでした。しかも、その情報は斎藤知事の指示により、県議やマスコミに送付された告発文書の犯人探索のために人事担当部局の調査で収集されたものです。そのような「告発者の探索」を行うこと自体の適法性自体にも問題があります。それは、「斎藤知事の指示」による行政機関の長としての「形式秘」からの除外が、裁量権の逸脱、無効とみる理由にもなり得ます。

しかし、このような「告発者の探索」について、「文書問題に関する第三者調査委員会」(以下、「文書問題第三者委員会」)の違法の指摘にもかかわらず、斎藤知事は、「誹謗中傷性の高い文書への対応として適切・適法だった」と主張しており、その結果収集された元県民局長の私的情報についても、告発者に関する情報開示の必要性を強調するでしょう。

このような斎藤氏の主張を否定して、「秘密指定の解除」が裁量権の逸脱であって無効とし、或いは「実質秘」の漏洩に該当するとして、行政機関の長の行為を秘密漏洩罪で起訴し、裁判所の判断に委ねるというのは、検察当局にとっても著しく困難です。

結局のところ、告発の根拠とされた第三者委員会報告書の認定事実には「漏洩した情報の内容」が含まれておらず、それだけでは秘密漏洩罪に当たるとは言えない上、刑事事件の捜査で漏洩した私的情報の内容が特定できたとしても、県が入手していたその元県民局長の私的情報を内容とする「緑ファイル」が秘密漏洩罪の対象としての「秘密」に該当するか否か疑問であること、仮に、漏洩について斎藤知事の指示があったとすると、それが「秘密指定の解除」として秘密漏洩罪の成立を否定する事由にもなり得ること、という2つのハードルがあり、E氏も含めて、秘密漏洩罪での起訴の可能性は極めて低いと言わざるを得ません。

公選法違反の告発事件との比較

この秘密漏洩の告発に対して、検察が不起訴処分をした場合、上記の通り、それは秘密漏洩罪の成否についての根本的な問題によるものであり、検察審査会に申立てても覆ることはないと考えられます。

一方、既に検察の不起訴処分が出されている斎藤知事の公選法違反については、検察の判断によって告発の根拠となった嫌疑が否定されたとは考え難く、検察審査会への申立に対する判断が注目されます。

比較の対象としての公選法違反事件について付言すると、この告発において公選法違反の嫌疑の根拠としたのは、

①折田note投稿の内容から、折田氏ないしmerchu社が斎藤氏の当選のためにSNS広報戦略を主体的裁量的に行ったと認められること、

②知事選のボランティアでの選挙運動をしてくれる人を探す中で、斎藤氏自身がmerchu社を訪れ、そこで、SNSによる広報戦略についてのプレゼン提案を受けたが、その後、折田氏にはボランティアで選挙運動をやってもらうことにする一方で(実際に、折田氏は、動画撮影・編集、SNSアカウント開設・運用等を行っている)、merchu社には「ポスター、チラシデザイン制作」「公約スライド制作」等の5項目のみ71万5千円で発注したとの代理人説明が不合理であること、

③上記の①②から、71万5千円は、折田氏ないしSNS運用等のmerchu社が行った選挙運動の対価である疑いが強いこと、

④71万5千円の対価支払の対象業務とされた「ポスター、チラシデザイン制作」「公約スライド制作」も、実際に行った業務の内容が「選挙運動」であり、その対価の支払は買収罪に当たること、

の4点でした。

検察の不起訴処分の理由は、③について「71万5千円は、選挙運動以外の対価である可能性が否定できないこと」と説明されただけで、①②④についての説明はありませんでした。逆に、①については、その後の報道等で、折田noteの信用性を裏付ける事実が出てきています。

検察審査会への申立てでは、少なくとも④について公選法違反の成立は明らかであり、不起訴処分後の産経新聞による「merchu社が斎藤氏側に送付した見積書」の内容から、③の疑いが一層強まった上、④についても、merchu社側の「兵庫県知事選挙に向けたブランディング・広報」という明らかに選挙目的の業務に含まれる提案の一部を5項目として切り出している「ポスター、チラシデザイン制作」「公約スライド制作」等が斎藤氏に当選を得させるための選挙運動であることを一層強く根拠づける、と主張しました。

検察の不起訴処分には行政組織の関係が影響している可能性があり、検察審査会の「市民の常識」によって判断が覆ることが期待される案件です。その点において、上記のように犯罪事実の認定や法律適用の判断に関して多くの困難な問題がある秘密漏洩罪の地公法違反の事件とは大きな相違があります。

「兵庫県斎藤知事問題」をめぐる「司法判断」と「政治責任」

以上のとおり、秘密漏洩問題では、斎藤知事が刑事責任を問われる可能性は極めて低いと言わざるを得ません。しかし、そのことは、決して、この問題について斎藤知事の責任全般を否定するものではありません。

秘密漏洩罪の成立を否定する理由の一つとなる「秘密」に該当しない可能性という問題は、元県民局長の個人のプライバシーを含む要保護性の高い情報を内容とする「緑ファイル」の管理を適切に行わなかっただけでなく、それを県議会議員と情報共有することを指示することで、本人の了解もなく第三者への開示を指示するという県の情報管理の最高責任者としての義務に著しく反する行為によるものです。しかも、それは、斎藤知事自身が指示した「告発者の探索」や「記者会見での公務員失格批判」等の告発文書への対応を正当化するという「私的目的」によるものであることが強く疑われます。

かかる事情を考慮すれば、秘密漏洩罪の告発事件について検察の不起訴処分が行われたとしても、それを機に、刑事責任とは別個に、斎藤知事の政治責任が厳しく問われるべきでしょう。

一方、公選法違反事件については、上記のとおり、検察審査会の申立において、実質的な判断が期待される状況にありますが、不起訴処分で刑事事件につい決着がついたかのように述べている斎藤知事には、告発の嫌疑の根拠となった上記①~④のうち、少なくとも斎藤氏自身が直接関わっている②については重大な説明責任があります。

ところが、斎藤知事は、刑事処分が出されるまでは、「代理人に任せている」として一切の説明を拒絶し、刑事事件の取調べでいかなる説明を行ったのかも不明で、不起訴処分後も全く説明を行っていません。

斎藤氏は強大な権力を持つ地方自治体の首長であり、その権力者としての地位を得た知事選挙における公選法違反の疑いの発端となったのが、斎藤氏が県知事の職務の中で深い関わりがある折田氏のmerchu社を自ら訪問し、SNS運用等について話し合ったことです。斎藤氏が、告発事件について検察の不起訴処分で「決着がついた」と考えるのであれば、それを前提に、少なくとも②についての説明をするべきではないでしょうか。

merchu社はSNS運用や広報戦略を専門とし、兵庫県を含む、自治体における行政関連業務を得意とし、兵庫県とも関係性がありました。例えば選挙前、merchu社は斎藤県政下の兵庫県から「ひょうご・こうべ女性活躍推進企業」や「ひょうご仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)推進企業」として表彰を受けており、正社員わずか数名の小規模企業ながら、県の公報誌などで折田氏の活躍が度々紹介され、県HPトップページで「優良企業」としてPRされていました(2024年11月下旬に削除)。そして、同社は、兵庫県とは直接の契約関係はないものの、県が運営する地域情報アプリ『ひょうごe-県民アプリ』のリニューアルについて、再委託という形で関与しています。

折田氏個人も、「兵庫県地域創生戦略会議」の委員、「兵庫県eスポーツ推進検討会」の構成員、「次世代空モビリティひょうご会議」の有識者(構成員)に任命されており、県の政策立案に関与していました。

このように県知事の職務上、公務で一定の関係性があり、また、業務上(特に将来的に)関係がないとはいえないmerchu社を、斎藤氏自らが訪問し、知事選挙での選挙関連業務を発注し、一方で選挙の応援を受けること、それは、仮に無償のボランティアであったとすれば、なおさら重大な問題があると言えます。その点に関して、斎藤氏には、刑事責任とは別個に重大な政治的説明責任があります。

司法判断への関心集中と「分断対立」の激化、政治的説明責任による解消を

斎藤知事の問題をめぐる兵庫県の「分断対立」は、知事選での斎藤氏再選後1年を経過しても、一層激しさを増しています。

発端となった元県民局長の告発文書への対応の問題については、文書問題第三者委員会報告書において、公益通報者保護法違反の指摘のほかに、原因・背景分析等として、斎藤県政下におけるパワハラの背景になった構造的問題についても掘り下げた分析が行われ、極めて示唆に富む指摘が行われていますが、斎藤知事は、報告書について「真摯に受け止める」と述べるだけで、具体的には言及せず、同委員会の公益通報者保護法違反の指摘についても「他の見解もある」などと、受け入れません。

これについては、罰則が適用される問題ではなく、「司法判断」に訴える術がないため、消費者庁の見解や国会答弁等を根拠とする「公益通報者保護法違反を受け入れない知事」との批判だけがエスカレートしています。

知事定例記者会見では、実質的には何も答えない斎藤知事に対してフリーランスの記者等からのエキサイトした質問追及が繰り返され、庁舎の周辺では「斎藤知事辞めろ」デモの騒音で近隣にも迷惑が生じるという異常な事態になっています。

斎藤知事側、追及する側双方の姿勢に問題があり、相互不信による対立の激化が、外部の「司法判断」による解決を期待することにつながっているのですが、本来、兵庫県という地方自治体組織の長たる県知事の信頼に関する問題なのであり、県民の負担により設置された第三者委員会報告書の記述、指摘等に基づいて、兵庫県としての議論が尽くされ、解決が図られるべき問題です。しかし、これまでの経過を見る限り、それが十分に行われてきたとは考えられません。問題の追及、議論が不十分なまま外部の「司法判断」に委ねようとしても、そこには限界があります。

マスコミや県議会が、斎藤知事に対して、明らかになっている事実に基づいて政治的説明責任を適切に追及し、斎藤知事が正面から説明・答弁することを通して、良識ある県民の問題意識と理解を深めていくことが必要です。それなくして、「兵庫県の分断対立」が解消に向かうことは期待できません。

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