首相公邸問題、「建造物侵入罪」で“進退両難”に追い込まれた岸田首相

岸田首相は、翔太郎氏の公邸の私的利用を了承していたのでしょうか。
郷原信郎 2023.06.05
誰でも

昨年(2022年)12月30日、総理大臣公邸で、岸田文雄首相の親族等が招かれて忘年会を開かれ、その際、翔太郎氏が公邸に招いた親族を、迎賓などを行う公的スペースに通し、組閣の際の閣僚の記念撮影の場所になる赤いじゅうたんが敷かれた階段で写真撮影するなど私的に利用した問題が、5月25日発売の週刊文春で報じられ、岸田政権にとって大きな打撃になっています。

当初、岸田首相は、翔太郎氏の行動について「不適切」としながら、

「厳重に注意した」

で済まそうとしてましたが、5月29日、日経新聞で、内閣支持率が前月より5%低下したことが報じられ、広島G7サミットによる支持率上昇の目論みが、その問題で逆の結果となったことに衝撃を受けたのか、同日、「けじめ」をつけるとして、翔太郎氏の辞任、事実上の更迭の方針を明らかにしました。

さらに、先週金曜日(6月2日)発売の写真週刊誌FRYDAYに、岸田首相がその公邸忘年会に岸田首相も裕子夫人共々寝間着にベストという姿で参加している写真が掲載されました。首相は同日に官邸で取材に応じ、

「親族と食事を共にした。私的なスペースで親族と同席したもので不適切な行為はない」

と述べ、問題はないとの認識を繰り返しましたが、写真には首相の実弟とされる人物が写っており「忘年会の主催者は長男」との政府見解も怪しくなっています。

私的スペースとは言え、首相公邸には、警備や光熱費等の多額の維持費用が税金で賄われており、そのような場所で、親族を集めて忘年会を行うこと自体、適切とは思えませんが、一応「私的スペース」として私的使用を認められている以上、「違法」とまでは言えないと思われます。

しかし、翔太郎氏が「親族を公邸の公的スペースに招き入れた行為」については、岸田朱首相や松野博一官房長官は、「不適切」としか述べていませんが、違法性があるのか否かという点も問題になります。

5月26日の参議院予算委員会で、立憲民主党の田名部匡代議員が、公邸の使用ルールを定めた「内規」の存在について質問したのに対して、岸田首相はその内容について

「どのように生活すべきか、様々な指示がある。ただ、セキュリティーの関係から公にすることは控える」

などと述べて、今回の行為が「内規」に反するかどうかについてすら答えませんでした。

私自身は、常日頃から「コンプライアンスは『法令遵守』ではない」ということを強調し、「法令遵守」から脱却して、「社会の要請に応える」という意味のコンプライアンスを説いていますが、第二次安倍政権以降、「法令遵守と多数決による単純化」が進み、「違法でなければ何をやってもいい」というような風潮がはびこりました。今の岸田政権も、基本的には、そのような安倍政権の手法を引き継いでいます(この経過については、私の新著【単純化という病 安倍政治が日本に残したもの】で詳しく分析しています。)

そのような状況においては、「権力者の振る舞い」に対する評価では、まず「違法かどうか」という点は、突き詰めざるを得ません。

そこで、本稿では、翔太郎氏が、公邸内の公的スペースに親族を招き入れたことが、「不適切」でとどまるのか、「違法」の問題を生じるのか、事実関係を整理し、「違法」の問題が生じる可能性について考えてみたいと思います。

首相公邸は、長く首相官邸として使われ、日本政治の中枢となってきた建造物です。5・15事件や2・26事件など歴史の舞台にもなったこの建物は、2005年に新首相官邸が竣工した際に、執務機能の一部と迎賓機能を首相公邸に残し、旧公邸の位置から建物全体をそっくり南へ約50メートル水平移動させて、現在の公邸としたものです。つまり、首相公邸は、単なる首相の住居ではなく、もともとの首相官邸の機能の一部を担う公的施設で、そこに、首相の任務の特殊性を考慮して、私的スペースが設けられ、家族とともに居住することが認められているのです。

松野官房長官の会見での説明によると、この親族らが参加する忘年会は、

翔太郎氏が開催したもので、その場に岸田首相も参加して挨拶などをした

ということでした。そして、

翔太郎氏が、その際に親族を公的スペースに案内し、写真撮影などをしていたことは、岸田首相は、週刊文春の記事で初めて知った

という説明でした。

つまり、岸田首相は、この翔太郎氏主催の忘年会に、顔を出して挨拶しただけで、深くはかかわっておらず、翔太郎氏が公的スペースに親族を案内したことは認識しておらず、事前に了解もしていなかった、という説明でした。果たして、その説明のとおりなのか、FRYDAYに掲載された写真で疑問が生じています。

首相公邸の内部については、「首相官邸」のホームぺージの中に、「首相公邸(旧官邸)」というコーナーがあり、

「旧官邸の正面玄関ホールを右に曲がると、組閣の記念撮影でおなじみの西階段があります。」
「この階段の脇を抜けた左手に、総理主催の晩餐会や式典、表彰式などが執り行われる大ホールがあります。」

と書かれているだけで、それ以外に内部がどうなっているかは公開されていません。しかし、同ホームぺージで紹介されている「官邸特別見学」で、「総理大臣公邸:旧閣議室、大ホール」が見学コースに含まれていて、一定の手続きをとった上で一般人が立ち入ることになっているのですから、そのようなスペースは、首相の住居としての「私的スペース」とは切り離されて管理されていることは間違いないでしょう。

つまり、首相公邸という一つの建物の管理権は「公的スペース」「私的スペース」一体のものではなく、別個のものと考えられます。

もっとも、首相公邸なのですから、建物全体について管理者は首相であり、私的スペースについては居住者の筆頭者として、公的スペースについては執務・迎賓機能を担う内閣の組織のトップとして、いずれも、首相に管理権があると考えられます。

そのような前提からすると、首相の長男の翔太郎氏は、私的スペースの「同居人」であり、私的スペースについては自由に出入りできても、公的スペースについては、公用の目的で使用する場合には公的な手続をとった上で、それ以外であれば岸田首相の了解がなければ、翔太郎氏が勝手に出入りすることは許されないということになります。

岸田首相や、松野博一官房長官の答弁からも、そのような行為が「許されないもの」であることは間違いないでしょう。田名部議員の「内規に違反するのか」との質問に対しては答えませんでしたが、おそらく首相官邸の使用に関する内規上も、公的スペースに、首相の家族や親戚・知人等が私的な目的のために立ち入ることは禁止されているはずです。

岸田首相が、公邸全体についての管理権を有していることは間違いありません。しかし、翔太郎氏は、私的スペースの同居人であるとともに、首相秘書官でもあったと言っても、首相秘書官の職務は、内閣総理大臣に常に付き従って、機密に関する事務を取り扱い、また内閣総理大臣の臨時の命により内閣官房その他関係各部局の事務を助ける役職であり、固有の権限を有しているわけではありません。首相自身からの指示なく、自分の判断で行えることは基本的にないはずです。翔太郎氏には、首相秘書官だった時も、首相公邸の公的スペースについての管理権はなかったと考えられます。

このような前提で考えた場合、今回の翔太郎氏の行為について、成立する可能性があるのは「建造物侵入罪」です。

建造物侵入罪は「正当な理由がないのに,人の看守する建造物に侵入」することで成立します(刑法130条前段)。

問題となるのが、親戚を公的スペースに立ち入らせることを、「管理権者」の岸田首相本人が容認していたのかどうかです。首相公邸の私的スペースで忘年会を行った際、公的スペースに忘年会参加者を招き入れた行為が、首相公邸という建造物の管理権者の意思に反したものだとすると、つまり、岸田首相が容認していなかったとすれば、形式上、翔太郎氏に建造物侵入罪が成立する可能性があります。

建造物侵入罪の「侵入」に関しては、最高裁判例(最判昭和58年4月8日)で、

「管理権者が予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であっても、該建造物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入りの目的などからみて、現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは、他に犯罪の成立を阻却すべき事情が認められない以上、同条の罪の成立を免れないというべきである」

とされています。

翔太郎氏の忘年会後の「首相公邸の公的スペースへの立入」については、「該建造物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入りの目的」という面で言えば、「首相公邸公的スペース」という建造物の性質上、赤じゅうたんの階段での記念撮影や、「会見ごっこ」などの使用目的での立入行為は、容認されていなかったと考えられます。

そこで、上記の判例で「管理権者の態度、立入りの目的などからみて、現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断される」とされていることから、「管理者の岸田首相の態度」がどうであったかが問題になります。

私的スペースでの忘年会の際に、岸田首相が、

「この機会だから、忘年会に来た人達に、公邸の中を案内したらよい」

というような態度を示していたのであれば、「管理者が容認していた」と判断されることになります。

一方、岸田首相が忘年会に参加している間には、公的スペースに行く話は全くなく、その後、翔太郎氏が勝手に同年代の親戚を案内して問題の写真を撮ったということであれば、「岸田首相が容認していないと合理的に判断される」ということになる可能性があります。

物理的に公的スペースへの出入りが可能だった場合でも、立入の目的によっては、建造物侵入罪が成立することはあり得えます。例えば、会社の事務所の鍵を所持している社員でも、会社での仕事の目的と関係なく、会社が容認しない目的で事務所に入った場合に、建造物侵入罪が成立するのと同様です。

今回の首相公邸での忘年会の問題は、安倍政権時代の森友、加計学園、桜を見る会などの問題とは異なり、首相公邸という施設への立入や写真撮影という、一見「些細な問題」のように思えます。しかし安倍政権での問題では、すべて、安倍氏本人は、自分自身の関与そのものを否定しており、直接の関与を示す証拠はなかったのに対して、今回の総理公邸の問題は、岸田首相自身に極めて近いところで起きた問題です。しかも、首相公邸は、貴重な歴史的資産でもあり、だからこそ、多額の費用をかけて、首相官邸から至近の位置に移動されて建物は保存され、その後も、首相官邸の執務・迎賓機能を担っており、日本国民にとっても大切な財産です。それを、首相の親族が私物化し、貶めるような行為を行うことは、国民にとっても到底許容できない行為です。

岸田氏が、翔太郎氏の行動を容認したのか、容認するような態度をとったのか、その説明如何では、翔太郎氏に成立する可能性のある「建造物侵入罪」という犯罪は、決して軽微なものとは言えないのです。

2019年11月、安倍首相(当時)は、「桜を見る会」前夜祭をめぐって、公選法、政治資金規正法の両面の法的リスクに直面した。当時、私は、安倍氏が、将棋で言えば「詰んだ状態」に陥っていることを解説しました(【「桜を見る会」前夜祭、安倍首相説明の「詰み」を盤面解説】)。

安倍氏は、国会での首相として虚偽答弁するという「禁じ手」を使ってまで、首相の座に居座り、結局、翌年秋に首相を辞任した後に、遅ればせながらの検察捜査で、そのウソが発覚し、国会での虚偽答弁の釈明・訂正に追い込まれました。

それと比較すれば、現在の岸田首相が直面した事態は、「詰将棋」を持ち出すまでもない単純な「進退両難」です。

翔太郎氏が忘年会で酔っ払った勢いで公邸内の公的スペースに親族を招き入れたという行為について、当初の説明のとおり、岸田首相が全く認識しておらず、容認もしていないということであれば、翔太郎氏に建造物侵入の嫌疑が生じ、もし、容認していた、或いは容認するような態度をとっていたということであれば、首相として重大な政治責任が生じるということです。

岸田首相には、国会や記者会見の場等で、この親族を集めた忘年会の開催に、そして、その際、公的スペースに親族を招き入れたことにどのように関わっていたのかについて、十分な説明を行うことが求められます。それなくして、岸田内閣への国民の信頼を維持することはできないでしょう。

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