トヨタ「認証不正」、豊田章男会長に重大な責任

「制度と実態とのギャップ」に対して適切な対応とは?豊田会長にとっての「コンプライアンス」は何だったのでしょうか。
郷原信郎 2024.06.10
誰でも

「認証不正」に揺れるトヨタ

「型式指定」をめぐる認証不正問題で、国交省は、道路運送車両法に基づき、4日のトヨタ本社に続いて、5日以降、ヤマハ発動機、スズキ、マツダ、ホンダの各本社に立ち入り検査に入りました。この問題では、わが国の自動車業界のトップに君臨してきたトヨタ自動車の豊田章男会長のこれまでの対応が問題になっています。

6月18日には、同社の定時株主総会が開かれますが、米議決権行使助言会社のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)と米グラスルイスは、株主総会で諮る豊田会長の取締役再任議案について、株主に反対を推奨しており、同議案に対する賛否が株主総会での焦点になります。

私は、日本で初めてのコンプライアンスの研究拠点として「桐蔭横浜大学コンプライアンス研究センター」を設立した20年前から、

コンプライアンスとは、「定められた法令や規則に違反しないように行動すること」を意味する「法令遵守」ではなく、「組織が社会の要請に応えること」である

とする独自の立場から、活動を続けてきました(【「法令遵守」が日本を滅ぼす】新潮新書:2007年)。

数々の企業で講演を行ってきましたが、2017年2月には、トヨタグループの法務担当役員会でコンプライアンス講演を行い、その後、同グループの主要企業の多くでコンプライアンス講演に招かれ、同グループのコンプライアスには、少なからず関わってきました。

そういう私のコンプライアンス論の観点から、今回の「型式指定」をめぐる認証不正をどう考えるべきか、豊田会長の対応をどう評価すべきかを述べてみることにしたいと思います。

「法令と実態との乖離」への取組みは、コンプライアンスの重要な要素

なぜコンプライアンスを「法令遵守」ととらえるべきではないのか、最大の理由は、その「法令」が実態との乖離が生じるからです。とりわけ、司法が社会と密接に関係していて判例が法として重視され、法令が実態に即して柔軟に見直される米国などとは異なり、日本の法令は、それ自体もその運用も硬直的であり、経済社会の実態との間に深刻な乖離が生じているのに長期間にわたって放置されていることも珍しくはありません。

その典型例が、かつての日本の公共調達制度です。会計法等によって、予定価格の範囲内で最も低い価格で入札した者が落札する「予定価格上限拘束」「最低価格自動落札」の発注制度が頑なに維持されていました。本来であれば、公共工事の受注者を選定する際に必要な品質・技術の評価をすべきでしたが、行い得ない制度であっために、公共調達全体において、談合という違法行為が「非公式システム」として定着していました。

1990年代以降、談合批判の高まりを受けて、個別に談合が摘発されていましたが、ようやく公共調達制度に価格だけではなく品質・技術の評価を取り入れる「総合評価方式」が導入されることで法が改められ、一方で、スーパーゼネコントップによる「過去のしきたりとの訣別宣言」が出されたことを契機として、抜本的に改められました(【前掲拙著】第1章)。

「法令に基づく制度と実態の乖離」が長らく放置され、非公式な談合システムが継続していたこと、その後の公共工事発注をめぐって環境激変が繰り返されたことで、1990年代以降、人材流出などの面で公共調達にも建設業界にも様々な負の影響が生じ、今なお、技術者、労務者不足、人件費高騰などの負の影響が継続しています。

それ以外にも、JIS規格と実態との乖離を原因とするステンレス鋼管データ捏造問題、契約上の仕様で要求される基準と実態との乖離が、多くのBtoBの事業者でデータ改ざん問題につながるなど「制度と実態の乖離」は、多くの重大な不祥事の背景となってきました。

「法令と実態との乖離の是正」の重要性

このように、法令自体や法令に基づく制度の運用などが社会や経済の実態と乖離している場合に、「法令遵守」ばかりを振りかざす対応をすることは、かえって大きな弊害を生じさせてしまいます。そのような場合には、「法令が機能するための環境」自体に問題があるのです。

そこで、重要なことは、法令と実態との乖離を直視し、それによって生じている不正の実態を調査した上、その是正に取り組むことです。それは、事業、業務を直接担当している役職員個人でなし得るものではありません。制度の改善是正は、経営トップ自身が、問題を正しく認識し、必要に応じて業界を巻き込みつつ、取り組んでいかなければなりません。とりわけ法令上による制度の是正は決して容易なことではありませんが、各業界で様々な取組みが行われてきたのです。

6月3日、国土交通省に不正の報告を行ったことを受けての記者会見で、豊田会長は、

「(認証制度と実態に)ギャップがある」

と語りました。認証制度で定められた基準や試験方法と、自動車メーカーでの製造の実態との間に乖離があるという趣旨でしょう。トヨタの宮本真志・カスタマーファースト推進本部長も、上記会見で、「より厳しい条件の試験」をしていたと繰り返しました。「認証不正」という不祥事の背景に、法律に基づく制度と実態との乖離がある、ということであり、経営者が主導する「法令と実態との乖離の是正」が求められる局面です。

「型式認証」と「国際基準」「北米基準」をめぐる問題

しかし、この問題の背景にある「法令と実態との乖離」は単純なものではありません。

自動車の型式認証とは、最低限度の法規・技術要件・安全性を満たした製品に与えられる認証です。型式認証されると、メーカーが大量生産した自動車を、1台1台個別に車検を受けることなく販売することが可能となります。

型式認証は特定の国で製品の販売許可を得る際に要求されるものですが、「国連自動車基準調和世界フォーラム」(通称、WP29)で、自動車部品の安全や環境に関する国際的な基準の統一が進められています。61カ国・1地域(EU)で「相互承認」が認められており、日本で認証されれば、世界でも認められる仕組みになっています。ただ、アメリカには、国際基準とは異なる北米基準があり、「相互承認」の枠組みには入っていません。

日本はタイヤやシートベルトなど主要項目で国連基準と同じであり、宮本氏が会見で述べていたのは、より厳しい北米基準に基づく試験を行っていたことが、日本の型式認証には適合していないと判断されたということでしょう。

例えば、トヨタの六つの不正のうちの一つ「後面衝突試験」は、車の追突事故を想定した試験で、日本を含む国連基準では重さ1100キロの台車を衝突させるルールになっていましたが、トヨタは、北米基準に基づき、開発段階の1800キロの台車を用いて衝突させたデータを提出していました。国交省サイドは、日本や欧州は小型車が多く、アメリカは大型車が多いなど各国の実情に沿った基準になっており、重い台車で試験した場合の試験結果で代替できるものではないという見解のようです。

国連中心の国際基準と北米基準のいずれが、日本の自動車の安全に関する基準として合理的なのか、形式上、国が定めた認証基準を充足していなかったことが、実質的にみて、自動車の安全上、環境基準上、どれだけ問題があったのかという点に関しては、自動車メーカーの技術者の側にも、それぞれ「言い分」があるのでしょう。上記の宮本氏の説明からすれば、その点について、トヨタの技術陣の側には相応の確信があるように思えます。

経営者として放置できない「コンプライアンス問題」

しかし、いかに合理的な理由があったとしても、国の法律に基づく認証基準に反しているのであれば「違法」であることは間違いありません。「コンプライアンス問題」として、決して放置できない問題です。

トヨタにとって「認証不正」は、型式認証の基準の国際的な相違の中で起こった問題であり、日本の自動車メーカーのトップとして、監督官庁の国交省に対して誠意をもって問題提起を行い、制度の是正を求めるべきではなかったのか、という問題です。

トヨタの経営トップの豊田会長にとって、今回の問題は、他社のみならず自社グループのダイハツでの認証不正問題もあったことからして、十分想定可能だったはずであり、少なくとも、調査をすれば容易にその事実が把握できたはずです。まさに、制度と実際の乖離を把握し、それを埋める対策が求められる状況でした。日本最大の企業のトップである豊田会長こそが、制度と実態の是正に声を上げる発言力がある人物だったはずです。

しかし、今回、国交省から要請を受けるまで、トヨタにおいて、それを自主的に調査して、「法令と実態の乖離」を把握することも、その問題を明らかにして解決をしようとすることも、行われた形跡はありません。

冒頭で述べたトヨタグループ法務役員会での講演でも、その後のトヨタグループ企業での講演でも、「法令と実態の乖離」を原因として生じることの多い「カビ型不正」のような潜在化した不正を発見する有効な方法としての「問題発掘型アンケート調査」(日経ビズゲイト【「カビ型行為」対策の切り札、"問題発掘型アンケート調査"】)を紹介するなどしましたが、そのような手法も含め、潜在化した不正の発見のための積極的な取組みが行われたようには思えません。

豊田会長の信じ難い「記者会見での発言」

6月3日の記者会見での豊田会長の発言は、日本の自動車産業のトップ企業の最高責任者として、「法令・制度と実態とのギャップ」を積極的に明らかにし、問題を提起して解決を図る「環境整備コンプライアンス」を行い得る力を有する立場にありながら、全く行ってこなかったことについての反省が全くないことを示すものでした。

豊田会長は、「(認証制度と実態に)ギャップがある」と述べる際、次のような発言を行いました。   

①このタイミングで私の口から言えないのだが、ギャップはあると思う。今回のことをきっかけに、国と自動車会社がすり合わせをして、何がお客さまと日本の自動車業界の競争力向上につながるか、制度自体をどうするのかという議論になっていくといいと思う

そして、「グループ各社で不正が相次ぐなか、今回トヨタでも起きた。会長はどう受け止めたか?」との質問に対して、

②正直、残念な気持ちと、ブルータスお前もかという感じだ。トヨタは完璧な会社ではない。問題が出てきたことは、ある意味、ありがたいことだと思っている。間違いをしたときには一度立ち止まり、何が起きたかを確認することで我々にはまだ改善の余地があると気づきを得ることができたと思う

と発言しました。

そして、「どうしたら不正を撲滅できるか?」との質問に対して、

③撲滅はね、ぼく無理だと思います。故意で間違いをやろうという人はゼロにしなければいけないが、問題が起こったら事実を確認し、しっかり直すことを繰り返すことが必要なのではないかと思う

これらの豊田会長の発言から明らかなのは、「法令と実態のギャップ」について、経営者自らが問題意識をもって、積極的のその事実を把握し、そのギャップを埋めるために、経営トップとして、場合によっては業界を巻き込んで、法令を司る行政と話し合う、という姿勢が全くないことです。

そして、このような「法令と実態とのギャップから生まれる不正」というのは、個人の責任ではなく、組織自体の問題であるという認識もありません。このことは、あたかも、不正を行った個人が悪いというかのごとき②、③の発言から明らかです。

とりわけ、「ブルータスよお前もか」の発言に至っては、一般的には、自身の暗殺に腹心のブルータスが加担していた事を知ったカエサルが「ブルータス、お前も私を裏切っていたのか」と非難した言葉だとされています。本件が、豊田会長が言うように「認証制度と実態とのギャップ」によるものだとすれば「個人としては避けがたい不正」に手を染めざるを得なかった技術者に対して、組織の長としての責任を感じるべきところであって、「裏切り」などと冗談であっても決して口にしていい言葉ではありません。

そして、肝心の「認証制度と実態のギャップ」については、①で、「このタイミングで私の口から言えない」と言い、「今回のことをきっかけに、国と自動車会社がすり合わせをして、何がお客さまと日本の自動車業界の競争力向上につながるか、制度自体をどうするのかという議論」を期待しているなどと「他力本願」の姿勢です。本当に、「認証制度と実態のギャップ」があって、むしろ「制度」の方を是正すべき、というのであれば、本来であれば、上記の通り自ら事実確認をしたうえで国交省に主張すべきでしたが、それをしてこなかったのですから、もはや、その指摘を行う効果的なタイミングはありません。

結局のところ、豊田会長にとっての「コンプライアンス」は、法令遵守を呼び掛け、意図的な不正を行う社員はいないはずだとの単純な思い込みに過ぎなかったのではないかと思えます。

「認証不正」がトヨタに、そして日本に与える影響 

トヨタは、日本企業の中で時価総額が1位、世界での自動車販売ランキングも4年連続で1位です。そのトヨタに長年君臨してきた経営トップであるにもかかわらず、「コンプライアンス」に対して全く主体性のない言動には、愕然としたというのが率直なところです。

「認証不正」による影響は、国交省からの対象車種の出荷停止指示、行政処分による販売減という直接の影響だけではありません。トヨタという自動車メーカーの国際的なレピュテーションにも大きなマイナスとなります。不正の発表以降、5日間で、既にトヨタの株価は3.8%下落しています。

「型式認証」をめぐる「制度と実態とのギャップ」に対して適切な対応が行われず、「法令遵守」に偏った対応が行われた場合、かつての公共調達をめぐる談合問題と同様、関連業界のみならず日本経済にもマイナスの影響を生じさせかねません。

トヨタが、これからも日本企業のトップとしての地位を維持し、世界に冠たる自動車メーカーとして成長していくためには、ここで、一度、創業家の豊田章男氏による経営支配をリセットすべきではないでしょうか。

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