ドラマ「競争の番人」初回放送、原作小説とのリアリティの違い

ドラマの初回を見て思うのは、ドラマ、映画の「原作」というのは、どういう意味を持つものなのか、ということです
郷原信郎 2022.07.13
誰でも

新川帆立氏の『競争の番人』と題する小説と、それを原作とするフジテレビの同名のテレビドラマ(坂口健太郎、杏、小池栄子ら出演:初回7月11日月曜日午後9時~)、原作小説について、前のニュースレターで、実際の公正取引委員会での独占禁止法違反事件の審査活動の実情とは凡そかけ離れたもので、リアリティーという面で問題があるだけでなく、仮にこの小説通りの事実があったとすれば、「違法調査」と言わざるを得ない、ということを、お伝えしました。

一昨日午後9時から放映されるドラマの初回がどのような内容になるのか、注目して視聴しました。

少なくとも、私が指摘した原作の問題点は、一応解消されており、ドラマとしては、リアリティーに大きな問題はないものになっていました。

原作からの変更点の主なものは、以下のとおりです。

  • (1)  主役の一人の白熊審査官(杏)が原作では公取委採用職員だが、ドラマでは、警察からの出向とされている。

  • (2)  公取委の取調べで談合を自白した後に自殺する「豊島」という人物が、原作では、公共工事の発注自治体の担当者ということになっていたが、ドラマではゼネコンの社員で「談合の連絡役」に変わっている。

  • (3)  原作では、出向検事の緑川が、公取委職員向けの研修で、「調査を行うなかで、犯罪の端緒を発見した場合は、出向検察官に必ず申し出てください。警察と連携して検挙します」と言ったり、「宇都宮地検から連絡があった」とした上で、犯行を否認している刑事事件の容疑者の「証言の裏どり」のための調査を小勝負に指示したとされているが、ドラマでは、出向検事の緑川と小勝負、白熊が、昼食をともにしている時に、緑川が容疑者の供述状況を説明し、これを聞いた小勝負が、「つまり、ホテルの納入業者いじめ、下請けいじめを調べろって言ってるわけか。はい、はい、やりますよ。公取は検察様の手足ですから」というやり取りになっている。

原作の最大の問題は(3)でした。公取委出向検察官が、殺人未遂事件という一般刑事事件の被疑者の供述の「裏どり」のために、審査官に「下請けいじめ」の独禁法違反の行政調査を行うように指示した、つまり、公正取引委員会の審査活動を、一般の刑事事件の捜査のために使う目的で「指示」したことになり、公取委として、絶対に行ってはならない「行政調査の犯罪捜査への流用」に当たり、「処分の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない」との独占禁止法47条4項の規定に違反する「違法調査」になる、と前回のニュースレターで指摘しました。

しかし、ドラマでは、緑川の説明を聞いた小勝負が、自発的に、「下請けいじめ」の調査を行うことにしたことになっており、そうであれば、出向検察官が「犯罪捜査のための行政調査を指示されたことにはならないので、一応「違法」の問題は生じないことになります。

(2)も、原作では全くリアリティーがない部分でした。

そもそも、公取委の審査の対象は事業者であり、ゼネコン間の談合事件であればゼネコン各社が立入検査や取調べの対象になります。審査の結果、発注者側が談合に協力したり、黙認していたりしたことが解れば、官製談合防止法に基づく措置命令がとられることになるので、それに関して、発注者側の担当者が聴取の対象になることはあり得ます。しかし、発注者側の担当者が連日公取委の取調べを受けて「談合の自白」を迫られるということも、自白した後にそれを苦にして自殺をするということも、極めて考えにくく、過去にもそういう例は聞いたことがありません。原作は、談合の実態や公取委の審査実務を全く理解しないで書かれたものとしか考えられないところでした。

ドラマでは、「豊島」はゼネコンの社員で談合の連絡役とされており、「口を割ったことがわかると、自分だけではなく家族や親せきにも迷惑がかかる」と思って、それを苦に自殺した、ということになっていて、ここでも、原作のようなリアリティーの問題はほぼなくなっています。

ということで、前のニュースレターで指摘した原作小説の問題点は、ドラマの初回ではほぼ解消されていました。ドラマの脚本家が公正取引委員会の内部や独禁法に詳しい人に取材したか、監修を受けるなどして原作を修正して脚本にしたのでしょう。

ということで、初回の延長で90分となった「競争の番人」、ドラマとしてかなり評価できるものでした。サブタイトルになっている「弱くても戦え」という言葉のとおり、霞が関では「弱小官庁」とされてきた公取委職員の「屈折した使命感」が映像的によく表現されています。優秀な頭脳を持ちながら、敢えてその弱小官庁に身を置き、「競争阻害」に立ち向かっていく、坂口健太郎扮する小勝負審査官の「内に秘めた使命感」も、視聴者が公取委に期待感を持つ効果を生じさせています。

次回以降のドラマの注目点ですが、かつて「公取委出向検察官」であった私としては、何と言っても、同じ職にある緑川検事が、今後、どのように描かれていくのかが気になります。

初回では、原作のような「違法調査の指示」の問題は表には出ていませんでしたが、その点についてどういう前提とされているかは不明です。

緑川は、白熊に、

「あなたが、小勝負君の新しい相棒?」
「確かあなたは、捜査一課で問題を起こして公取に飛ばされたんでしょう」
「誰が犯人かは警察と検察で調べます。あなたの仕事ではない」

などと、「敵意むきだし」の言葉を発しており、そこには大学の同級生であった小勝負との何らかの関係が背景にあるようです。原作では、緑川は、職員向け研修の場面に登場しただけで、それ以降は殆ど登場しませんが、ドラマでは、今後、かなり登場するのではないかと思います。男女間の感情も絡む緑川、小勝負、白熊の3人の間で、どのようなことが起き、そこで、原作では誤って書かれていた「公取委出向検察官」の権限や立場がどのように関わってくるのか、どのように修正されているのか、注目されます。

ドラマの初回の最後の方で、小勝負、白熊ら公取委審査官が、「優越的地位濫用」の疑いで、天沢グループに立入検査を実施しようとしたのに対して、山本耕史扮する同グループの実質的なトップの天沢雲海が立入検査を拒否し、

「どうせ立入検査拒否の罰則など使えないだろう」

と開き直り、公取委審査官側は成す術なく引き下がる場面がありますが、本来、このような「立入検査拒否事案」が発生すれば、ただちに、出向検察官に報告することになるはずです。それを受けて、検察との調整を行い、告発に向けて対応するのが、出向検察官の最も重要な仕事と言えます。緑川が、この問題に、どのように関わってくるか、次回以降の展開が注目されます。

そして、もう一つ注目されるのは、初回でも出てきた天沢ホテルをめぐる事件とゼネコン談合事件とがどのような関係に展開していくのかです。原作では、小勝負らが突き止める事実から、この二つの事件が交錯していることが明らかになり、事件の全面的な解決につながっていくというストーリーになっていますが、この点も全くリアリティーがなく、原作の問題点の一つです。ドラマでは、どのようなストーリーが設定されていくのか、注目されます。

それにしても、ドラマの初回を見て思うのは、ドラマ、映画の「原作」というのは、どういう意味を持つものなのか、ということです。

私にも、2011年に、自分自身が東京地検特捜部で関わった事件を題材にして特捜検察と司法記者の癒着と、その中で発生する殺人事件を描いた【司法記者】と題する推理小説を出し、それが2014年にWOWOWのドラマWシリーズ「トクソウ」でドラマ化された経験があります。その際、殺人事件のストーリーを創作する上でも、自分自身が所属していた検察の世界のリアリティーとの関係には徹底してこだわりました。ドラマの脚本の中の原作にないストーリーについても、監修者として事細かくリアリティーをチェックし、修正意見を出しました。

同じように、検察を舞台とする推理小説の傑作である、雫井脩介氏の『検察側の罪人』(2013年)も、後に映画化されましたが(2018年)、小説の執筆段階で、雫井氏から私に、検察内部のことについて取材があり、ディテールにわたって答えました。

そういう経験もあって、いわゆる「社会派」のジャンルのフィクションで、実在の組織が描かれる場合には、小説でも、ドラマ・映画でも、リアリティーにとことんこだわるのが当然だと思っていました。

初回をみる限り、ドラマ「競争の番人」の方は、リアリティーにかなりこだわっているようです。

しかし、ドラマが話題になればなるほど、原作の小説にも注目が集まり、多く読まれることになると思います。小説自体が公取委の実態、独禁法違反の審査活動の実態とかけ離れていると、公取委という組織や検察との関係等について世の中に誤解を生じさせることにもなりかねません。

原作の作家新川帆立氏は弁護士で、『元彼の遺言状』というリーガルミステリーで、2020年10月に『このミステリーがすごい!』大賞を獲得し、2022年4月からフジテレビで同名でドラマ化されました。今回の原作小説は、今年5月9日に公刊されており、そのころには7月11日から放映されたドラマの制作はすでに始まっていたものと考えられます。その経過からすると、原作と脚本とが同時並行的に作成されていったように思えます。そうだとすると、原作というのはそもそもこのドラマにとってどういう意味があったのでしょうか。

上記の【司法記者】でも、ドラマ化の時点で文庫本も出版されましたが、その際、改めて、内容を詳細にチェックし、いくつか修正を加えました。今回の『競争の番人』の出版社も、私の【司法記者】と同じ講談社です。今後、増刷されることになる可能性が高いと思われますが、その際、「違法」の問題がある部分をどうするか、検討すべきではないかと思います。

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