石破首相は、“第三者機関設置”で、「商品券問題」と「政治活動」をめぐる議論に決着を!
石破茂首相(自民党総裁)が衆議院議員1期生に10万円の商品券を配布した「商品券問題」に関して、国会での追及が続いています。
野党の追及と、石破首相の答弁との間で、議論が十分に噛み合っているとは言えません。そして、憲法75条との関係という、この問題について「重要な点」が欠落しています。
3月19日の参議院予算委員会で、以下のような質疑応答がありました。
(田島)政治活動とは、端的に言って、政治上の主義を推進することを目的として行う一切の行為ですよ。この一切の行為には労いも慰労も入るはずです。
(石破)そういうご議論も立論としてあろうかと思いますが、一切というのは、その前のいろいろ限定された例示にかかるもの、そう読むのが日本語の普通の読み方だと私は思います。
(田島)この条文が改正された当時の趣旨、これは、公私の峻別ですよ。政治家個人の候補者の公私の峻別を徹底するために、原則として寄附を禁止する。これが条文の趣旨なんですよ。
(石破)法律に定義があるわけではございませんので、解釈についての議論だと思っております。そういう前提において申し上げますと、「政治上の主義もしくは施策を推進し、もしくはこれに反対し、または公職の候補者を推薦し、支持し、もしくはこれに反対することを目的として行う直接間接の一切の行為」と言っております。つまり、「目的として」、というのは、その前にある部分にかかっているのでございますので、そこに慰労というのが入っているわけではございません。日本語の読み方としてはそうだと私は理解しております。
(田島)現在、この問題に関しては、市民団体の方から告発状が東京地検特捜部の方に出されております。違法性をこれから考えるのは検察であり、司法だと思います。今、総理自身が「違法じゃない」「違法じゃない」と言い続けることはおかしくないですか。
(石破)私はこの文言のコンメンタールの趣旨から言っても、違法ではございません。しかしながら、では、違法でなければいいのかと言えばそういうことではなくて、世の中の方々が、それは常識と違うのではない、と思っておられて、私自身が 長くやっておって、当初の最初の頃の思いを忘れてしまったことがあって、そこは、二重に意味において申し訳ない。違法でなかったとしても、私は違法だと解釈しておりませんが、違法ではないとしても、だったらいいだろうと、開き直るつもりはございません。
「政治活動」の解釈をめぐる対立
石破首相は、「政治活動」について、判例上の定義「政治上の主義もしくは施策を推進し、もしくはこれに反対し、または公職の候補者を推薦し、支持し、もしくはこれに反対することを目的として行う直接間接の一切の行為」を示し、下線部分の「目的」で行う行為に限定されていることを強調し、「慰労」は含まれないとの「解釈」を繰り返し述べています。
一方、田島議員は、波線部分の「直接間接の一切の行為」という点を強調し、その範囲は極めて広いので「慰労」も含まれるとの前提で質問しています。
石破首相の解釈を「限定説」、田島議員の解釈を「非限定説」と言うとすれば、要は、下線部分、波線部分のどちらを重視するかという「読み方」の問題です。
石破首相が言うように、「限定説」が日本語の読み方として自然であるように思えますが、難点は、現実に、政治家の政治団体における政治資金の収支報告において、「政治活動」が極めて広く解釈され、「非限定説」に近い考え方で、政治家の活動に関連する支出が収支報告書に記載されていることとの整合性です。
「政治団体及び公職の候補者により行われる政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにするため、政治団体の届出、政治団体に係る政治資金の収支の公開」をするという政治資金規正法の目的(同法1条)からすれば、政治資金の収支を幅広く公開するのは望ましいことですが、一方で、「政治活動に関する支出」に含まれるとして収支報告書に記載されると、その支出が、慰労や感謝、場合によっては遊興の目的もあった場合でも、その支出が「政治活動の支出」とされ、所得税の課税対象になりません。
実際の政治家の政治資金収支の処理は、政治家が政治的目的をもって行う活動を広く「政治活動」ととらえ、政治資金の支出について都合のよい「非限定説」で行う場合が多いのに、今回のような政治家個人宛の寄附の問題になると「限定説」をとるということについて、国民の理解を得ることは容易ではありません。
しかし、「非限定説」にも難点があります。今回の商品券問題は、一人当たり10万円という一般庶民の感覚からすると多額の贈与だったことが問題にされていますが、仮に1万円、或いは5000円だった場合でも、「一切の」を強調する非限定説の立場からは、「政治活動」に当たることになります。そのため、「政治家間の金銭等のやり取りはすべて政治資金規正法21条の2第1項違反」ということにならざるを得ません。
「限定説」は、政治資金収支報告書による政治資金公開の現状と整合せず、「非限定説」では、政治家個人宛寄附を全面的に禁止する法21条の規定との関係の説明が困難となります。結局のところ、いずれによっても明確な基準を示すことはできず、その行為自体から、「政治的目的」が認められる程度によって判断せざるを得ないことになります。
憲法75条の規定により「在任中の総理大臣の訴追」はできない
田島議員が「告発が行われているのだから、違法かどうかは検察や司法が判断すべきことではないか」と質問したのに対して、石破首相は「世の中の常識に反していたことについては申し訳ない、違法ではないからと言って開き直るつもりはない」と答弁しています。
既に、告発状も検察に出されているのであるから、通常であれば、「違法性の有無については、検察当局のご判断にお任せしたい」と答弁し、実際に、早期に不起訴で刑事事件が決着することで問題は決着します。しかし、今回の問題については、石破首相は、そのような答弁だけでは問題は片付きません。それは、既に刑事告発も行われている今回の商品券問題では、「在任中の総理大臣の刑事責任」が直接的に問題となっているからです。
憲法75条で、「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。」とされています。法令上の「国務大臣」は内閣総理大臣を含む閣僚すべてを指すと解されており、総理大臣を含む国務大臣を総理大臣の同意なしに訴追することはできません。総理大臣が自らの訴追に同意することは考えられないので、在任中に総理大臣が訴追を受けることは事実上あり得ません。
総理大臣が刑事告発された過去事例との比較
これまでにも、鳩山由紀夫氏の資金管理団体の偽装献金事件で、現職総理大臣であった鳩山氏自身が刑事告発された件、安倍晋三氏が、後援会が「桜を見る会」の前日に主催した夕食会をめぐって、総理大臣在任中に政治資金規正法、公選法違反で告発された件(この事件では、安倍首相退任後に、秘書が政治資金規正法違反で略式起訴されている)など、総理大臣が在任中に刑事告発された事例はありました。
これらの事例では、直接的に関わったのは秘書であり、総理大臣自身が刑事責任を問われることについては「共謀についての証拠」というハードルがあり、在任中の総理大臣の刑事責任が現実的な問題になったわけではありませんでした。
しかし、今回の商品券問題については、衆院一期目議員への配布を指示したことを石破首相自身が認めており、刑事責任の有無は、それが「政治活動に関する寄附」と言えるかどうかという「解釈問題」にかかっており、仮に、検察当局がその点を肯定した場合には、起訴するか起訴猶予にするか、という裁量の問題となります。
「訴追される可能性はない」と明白に言えるのであれば、そう断言するだけで良いのですが、今回の商品券問題については、前記のとおり、「限定説」「非限定説」いずれで割り切ることも困難な面があり、首相公邸で官房長官等も出席して開かれた会食の「土産」だったこと、政治に関連する話題が中心だったことなどから、マスコミの論調の多くは「政治活動であることは否定できない」というものであり、「政治活動ではないことは明白」「訴追の可能性はない」ということで済まされる問題ではありません。
【石破首相「商品券問題」、政治資金規正法21条の2をめぐる“真実”~「裏金問題」への波及は不可避】でも述べたように、過去に政治資金規正法21条の2の政治家個人宛寄附禁止規定で起訴された事例は全くなく、この規定を積極的に活用すべきであった「政治資金パーティー裏金問題」でも、検察当局は、全く立件すらしていません。そのため、政治資金規正法21条の2の政治家個人宛寄附禁止規定は全く機能しておらず、事実上「死文化」しており、そのような検察のこれまでの対応からすると、今回の商品券問題の告発事件についても、検察が起訴の判断をする可能性は極めて低いでしょう。
不起訴の理由としては、「限定説」に立って商品券の贈与は「政治活動」には当たらないとして「嫌疑不十分」とすることと、「非限定説」に立って、「政治活動」に該当し、一応違反は成立するが「犯情軽微」だとして「起訴猶予」にすることが考えられます。
しかし、不起訴処分に対して検察審査会への申立があった場合、「嫌疑不十分」とした場合の「非限定説」による検察の説明も、「限定説」に立った上で「犯情軽微」とする説明も、いずれも審査員の納得が得られるかどうかは微妙です。「起訴相当」の議決が出る可能性もあります。
要するに、石破首相の商品券問題については、「訴追されるべき事案か否か」についての判断は微妙であり、検察が告発を受理して早期に不起訴処分を行う可能性は低いのです。憲法の規定により在任中訴追されない石破首相個人が、「限定説」を強調して「訴追されるべき事案」であることを否定するだけでは、問題は決着しないのです。
商品券問題と政治資金規正法について第三者機関の設置を
そこで、石破首相として行うべきことは、今回の商品券問題と政治資金規正法違反に関連する問題について、専門家、実務経験者等による第三者機関を設置して、客観的観点からの検討を行わせ、それを踏まえて、自らの刑事責任の有無・程度について判断することです。
この際の検討事項は、石破首相の商品券問題についての政治資金規正法違反の刑事責任の検討にとどまりません。その背景には、政治資金規正法21条の2が制定された経緯、それが事実上機能していないことの背景など様々な問題があり、実際に、歴代の総理大臣も、同様の商品券配布を行っていた事実が次々と明らかになっているのであるから、それらの点を含めて、幅広く関連する問題を検討する必要があります。
本来、「政治資金の収支の公開」という政治資金規正法の法目的からすると、「非限定説」に立って、「政治資金」を幅広くとらえて、政治資金収支報告書による公開の対象にすることが望ましいでしょう。それは、政治家側にも、私的な性格を有するものであっても、「政治活動」に含めることで所得税の納税を免れることができるメリットもあったので、これまで、政治資金の収支の処理は「非限定説」的な考え方に基づいて行われてきました。
しかし、政治資金規正法には、寄附の質的、量的制限など、一部に「禁止」の規定もあります。政治資金規正法21条の2は、【前掲拙稿】でも述べたように、1994年の政治改革4法の成立に伴う政治資金規正法の改正で、保有金制度と、政治家個人についての収支報告書の廃止に伴って、極めて低い法定刑で導入された、もともとの「生い立ち」に特異性がある規定であり、その「禁止」の適用対象をどうするのかを、「公開」に関する規定と同様に考えることはできません。
そのような商品券問題の背景となった政治資金規正法の構造の問題も含めて検討を行わなければ、石破首相の商品券問題についての適切な判断も行えないのです。
野党側は、石破首相の政治倫理審査会への出席を求めていますが、仮に、政倫審に出席したとしても、石破首相は、従来どおり、10万円の商品券の贈与が世の中の常識からかけ離れていたことについての謝罪を続け、それが政治活動に当たるかどうかについては、「限定説」に立って、「違法ではない」とする主張を述べ続けるだけです。国会の場でそのような議論を続けることにどのような意味があるのか疑問です。
むしろ、この商品券問題で「違法の指摘」の根拠となっている政治資金規正法21条の2の規定が制定された経緯、「政治資金パーティー裏金問題」を含めて、検察が全く適用しようとせず、機能してこなかったこと、そのために、政治家間の不透明な金銭等のやり取りが事実上野放しになってきたことに目を向け、政治資金規正法の改正にも関連づけた国会論議を行うべきでしょう。
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