「安倍一強」が招いた「二極化」が、安倍氏殺害事件後、一層増幅する現実

安倍元首相が凶弾に斃れ、安倍支持・反安倍の中心となる政治家が存在しなくなった後も、再び不毛な「二極対立」が繰り返されることが招くものとは。
郷原信郎 2022.07.10
誰でも

昨日の【 安倍元首相殺害事件は、「一つの刑事事件」として真相を見極めるべき】に続き、安倍元首相殺害事件と日本の社会について考えてみたいと思います。

8年近くにわたった第二次安倍政権は、「安倍1強体制」とも言われ、自民党内でも、政府内部でも、安倍首相とその側近の政治家や官邸官僚に権力が集中したため、誰もそれに逆らえず、権力者の意向を忖度せざるを得ないという状況になりました。それが安定的な政権運営につながり、安倍政権下での多くの政策の遂行につながったのですが、一方で、権力の集中による歪みが生じました。そして、安倍支持者と安倍批判者との対立の「二極化」はどんどん激しくなっていきました。

安倍首相が銃撃事件で殺害されるという衝撃的な事件によって、その「二極化」の根本にあった安倍氏という政治家の存在がなくなったのですが、それによって「二極化」が解消されるどころか、さらに増幅されているように思います。

前回のニュースレターでも述べたように、犯罪の動機が、選挙運動の妨害などの政治的目的であったとする根拠は今のところなく、むしろ、逮捕された容疑者は、

「政治信条とは関係なく、家族を破産させた特定の宗教団体と安倍首相とが関係があると思って殺害しようと考えた」

と供述しているとされているのに、銃撃事件の発生直後から、与野党の政治家、マスコミなど、ほとんどが、事件を「政治目的のテロ」「言論の封殺」などととらえています。

そして、安倍支持者側は、

安倍晋三氏については、特定のマスコミや「有識者」といわれる人々が、テロ教唆と言われても仕方ないような言動、報道を繰り返し、暗殺されても仕方ないという空気をつくりだしたことが事件を引き起こしたのであって、犯人が左派でも右派でも個人的な恨みをもった人であろうが、精神に障害を抱えた人であってもそれが許されると思わせた人たちが責められるべきである。

などと、実際に起きた安倍元首相殺害という刑事事件に関する「事実」を無視して、「安倍批判」が安倍氏殺害事件の原因であるかのように決めつけ(【安倍狙撃事件の犯人は「反アベ無罪」を煽った空気だ】八幡和郎氏)、フジテレビ上席解説委員の平井文夫も、それに同調する記事を書くなど、「反安倍」批判を行っています(「安倍晋三さんを死なせたのは誰だ」FNNプライムオンライン)。

一方、「反安倍」論者の側からは、

「安倍氏銃撃は、自民党が長期政権でおごり高ぶり、勝手なことをやった結果」

などと、政治的な「自業自得」論に持ち込もうとしたり(小沢一郎氏)、SNS上では「安倍氏は犯罪者、刑務所に入っていたら、銃撃されることもなかった」などと述べたりしている人もいます。

前のニュースレターでも書いたように、この事件は「一つの刑事事件」であるのに、刑事手続による事実解明を無視し、何の根拠もなく、安倍氏への批判と殺害行為を結び付けるのは、凡そ法治国家行うこととは思えない暴論です。また、安倍氏が批判されるべきは、説明責任を果たそうとしなかったことや、虚偽答弁の姿勢であり、それが、ただちに実刑に処すべき犯罪であるかのように言うのも、全くの「極論」です(私は、安倍批判の中で、「検察が積極的に捜査すべき」と述べたことはありますが、「犯罪として処罰すべき」と述べたことはありません。⇒【「桜を見る会」問題、「詰んでいる」のは安倍首相の「説明」~「検察が動かない」理由とは】)。

これと同様の「二極化」は、第2次安倍政権下においても特徴的な現象でした。わたしは、加計学園問題について、【加計学園問題のあらゆる論点を徹底検証する ~安倍政権側の“自滅”と野党側の“無策”が招いた「二極化」】と題する長文ブログ記事を書いたこともありました。

加計学園問題も、安倍内閣への政治権力の集中の中で、安倍首相と親密な関係にある特定の学校法人が、国から不当な優遇を受けたのではないかが問題となったものでした。単に、総理大臣が「腹心の友」に有利な指示・意向を示したか、という個別の問題だけではなく、その背景となった、規制緩和と行政の対応の問題、国家戦略特区をめぐるコンプライアンスに関する議論など、多くの重要な論点が含まれていたのに、野党の国会での追及も、マスコミの安倍政権批判も、安倍首相に対する個人攻撃繰り返す「政局」的な追及に終始しました。

一方で、安倍政権側の対応も、「関係法令に基づき適切に実施している」などと、全く問題がないかのように言い続けたことが、文科省側からの反発を招き、内部文書の噴出、前事務次官の前川喜平氏の公の場での発言などを招き、それが、逆に、安倍首相の指示・意向についての疑いを深めることにつながりました。それに加え、内閣府側も、文書・資料を全く示さず、菅官房長官が「法令に基づき適切に対応」と言って文科省の文書についての再調査を拒否し続けるなど、拙劣極まりない対応を続けたために、事態が一層悪化しました。

野党やマスコミの追及は表面的なもので、本来の問題の本質に関する指摘がなく、安倍政権側も、安倍首相の関与を否定した上で、「法令遵守上、問題がない」ということで終始したため、全く不毛な議論が繰り返されました。

それは、政権に対しては不信を、野党に対しては失望を生じさせ、国政選挙の度に、低投票率で安倍政権側の圧勝が続き、結局、政治への関心が低下する結果を招きました。

今回の安倍元首相殺害事件後の「安倍支持」、「反安倍」のそれぞれの議論の極端化も、加計学園問題で見られたような第二次安倍政権における「安倍一強」の下での「二極化」現象と同様の構図に思えます。

安倍元首相殺害事件については、今後の捜査・公判での真相解明を見極めることであり、勝手な憶測や決めつけによって、事件を、これまでの「安倍批判」と結びつけることはすべきではありません。

一方で、安倍政権時代の政権批判について、何が問題だったのか、果たして、犯罪として処罰するようなレベルの問題であったのかを、改めて冷静に考えてみるべきです。

安倍元首相が凶弾に斃れ、安倍支持・反安倍の中心となる政治家が存在しなくなった後も、再び不毛な「二極対立」が繰り返されることは、日本の民主主義の一層の劣化を招くだけだと思います。

安倍元首相という、自民党内で厳然たる政治権力を持っていた政治家の死去で、与党内の権力構造が大きく変わることは必至です。野党も、今回の選挙結果によっては再編になる可能性もあります。そうした中で、安倍支持・反安倍との間で、不毛な「二極化」が増幅されるのは、健全な民主主義の機能を妨げるものです。

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