フジテレビ問題と共通の構図、大阪地検元検事正性加害問題での「二次加害」に検察はどう対応するのか
今年3月末に公表されたフジテレビ第三者委員会報告書では、2023年6月2日の食事会で中居正広氏とのトラブルがあったことを、女性社員が同月6日、会社に伝えたのに、当時の港浩一社長や編成幹部らが「プライベートな男女間のトラブル」と即断したことが、フジが事案の対応を誤る大きな要因となったとし、フジの幹部が中居氏に代わって入院中の女性に見舞金の名目で現金100万円を届けたことは
「中居氏サイドに立ったといえ、女性への口封じ、2次加害行為とも評価し得る」
と指摘しました。問題の把握後も、1年半にわたって中居氏が司会を務めていたレギュラー番組の放送を続けたことは
「女性の被害をさらに拡大させた」
と非難しました。
著名タレントの中居氏は、フジテレビにとって、当時極めて重要な取引先ではありましたが、形式上は「外部者」です。その外部者と自社の女性社員との関係で起きた「性暴力が疑われる問題」であっても、「プライベートな男女間のトラブル」と判断して対応した「二次加害」だとして、フジテレビ経営陣は厳しく指弾されました。
ちょうど同時期に、大阪地方検察庁という2番目の大規模庁のトップだった男性上司と、部下の現職女性検事(A氏)との間で発生した重大な「性加害問題」への対応が問題にされたのが検察です。
2018年9月、当時の北川健太郎検事正が、酒に酔って抵抗できない状態の部下の女性検事A氏に性的暴行を加えたとしてA氏が被害を訴え、北川氏が昨年逮捕・起訴された事件について、A氏は、北川氏からの性被害を申告した昨年以降、事件直前の懇親会に参加していた同僚の女性副検事が、内偵捜査の対象となっていた北川氏に捜査情報を漏えいしていた疑いがあること、検察がその副検事の行為を隠していたこと、同じ副検事や他の検察職員から被害者がA氏であることを広められ誹謗中傷を受けてきたことを、「二次加害」の問題として訴えてきました。
A氏からの訴えを受けての調査で、女性副検事が、A氏が被害者であることを職場で複数の職員に伝えていたことが明らかになり、検察は、
「高度のプライバシー情報を事件とは無関係の複数の第三者に伝えたことは被害者の心身や職場環境に悪影響を及ぼす不適切な言動であった」
として、副検事を懲戒処分としました。
しかし、A氏が名誉毀損などの疑いで女性副検事を告訴・告発した事件については、検察は、
「北川被告を案じる心情などから個別に情報を伝えたにとどまり、副検事を起点として情報が拡散した事実も認められない」
と判断して「不起訴処分」とし、それとほぼ同時期に、女性副検事に対する告訴・告発事件を担当した大阪高検の部長が、A氏に対して、
「不起訴は何か都合の悪いことを隠すためではない」
などとした上で、
「外部発信をするようなことがあれば、検察職員でありながら、警告を受けたにもかかわらず信用を貶(おとし)める行為を繰り返しているとの評価をせざるを得ない」
「これは口止めや脅しではなく、当たり前のこと」
とするメールを送っていたことも明らかになりました。
A氏は、その後開いた会見で、
「このメールに絶望し、恐怖し、ひどくおびえた」
「『職務』として被害者をやっているのではありません」
と涙ながらに語り、このメールは検察による性犯罪や二次加害の軽視、被害者軽視の象徴だと批判し、
「なぜ検察でこのような犯罪が起きたのか、第三者委員会による検証を行い、再発防止に努めるべき」
と訴え、
「検察は、事件を『個人の被害』という問題に矮小化しようとしている」
と批判しました。
フジテレビの「性加害問題」では、週刊文春の報道を契機に同社への批判が炎上し、第三者委員会が、同社による「二次加害」を厳しく非難しました。一方、「大阪地検元検事正による性加害」では、被害者のA氏自身が、検察組織による「二次加害」を問題にしています。
被害者のA氏の訴えによれば、検察組織による「二次加害」は、フジテレビ問題より一層深刻かつ重大であるように思えます。
ところが、この問題では、マスコミからは、検察組織の責任を問う声、説明責任を果たすよう求める声は、ほとんど聞かれません。
フジテレビの問題では、週刊文春の報道後、通常の社長定例会見と同様に、「会見参加者はクラブ加盟記者のみ、質問者も限定、テレビカメラなし」での会見を開いたことに対して厳しい社会的批判を浴びました。一方、大阪地検元検事正の性加害の問題では、「二次被害」の問題の核心とも言える女性副検事による情報拡散について、A氏が会見まで開いて「検察の二次加害」を訴えているのに、検察は、女性副検事の告訴・告発事件の不起訴処分の際に「司法クラブ記者だけを対象とする、カメラも入れない閉鎖的な説明の場」で一方的な不起訴理由の説明を行っただけで、A氏から指摘されている「二次加害」の問題について、全く説明を行っていません。
NHKは、4月11日に【上司からの性被害 女性検事が語った沈黙の6年間と二次被害】と題して、A氏のインタビューを中心とするニュースを放映し、ネット記事もアップされています。
ここでは、A氏が受けた性犯罪による被害の深刻さや、女性副検事による情報漏洩について伝え、北川氏が逮捕されたあとA氏が復職する際に、検察が女性副検事とA氏と同じ職場に配置していたことについて、検察の現役職員がこの対応を疑問視している声を取り上げています。さらに、
「A氏をおとしめる内容の情報が、検察内部で出回っていたこともわかった」
とし、3月まで大阪高検検事だった田中嘉寿子氏が、2024年7月に「事件が起きたのは、被害者が北川被告に好意を持っていたからだ」という内容のメールを東京の検事から受け取ったことを明かし、
「彼女が検事なので二次被害から守るべき対象だという認識が欠如していたのではないかと思います。被害者としてきちんと扱うところから始めないと、自分たちの組織が、現在進行形で二次加害をしているという自覚が生まれないと思います」
とのコメントも紹介しています。
さらに、4月15日の関西ローカルのNHK記事では
「検察組織に自浄作用はないので、第三者委員会を設置し、徹底した検証と再発防止を求める必要があります」
とのA氏の言葉を紹介しています。
A氏は、
「検察組織がこれほど不正義で闇深く、犯罪被害を受けた検察職員にすら寄り添わないことを、自分が被害者になって初めて気づきました」
として、検察の組織による性被害に対する「二次加害」を問題にしています。しかし、A氏の訴えを積極的に報じているNHKですら、現状では「二次加害」という言葉は、前記の田中氏のコメントを引用しているだけで、記事のタイトルは「二次被害」であり、他に、検察組織の「二次加害」を正面から問題にしたメディアはありません。
被害者の保護や職場の安全配慮義務についての質問への大阪高検の回答は、
「被害者の意思を確認するなどし、被害者の心身への影響にも配慮して、できる限りの対策を講じてきた。その際、職場環境の調整にあたっては、職場内で被害者が誰であるかが特定されないようにも注意を払った」
というもので、奇しくも「二次加害」について厳しく批判されたフジテレビ経営陣が繰り返してきた「被害者の心身への影響への配慮」「被害者が特定されないように配慮」という言葉と酷似しています。
このような検察の対応の背景に、刑事司法の中核を担い、外部からの介入を一切許さない検察特有の、検察を中心に世の中が動いているような天動説的感覚、「全能感」があるように思えます(拙著【法が招いた政治不信 裏金・検察不祥事・SNS選挙の核心】KADOKAWA)。
今、検察は、大阪地検特捜部によるプレサンスコーポレーション事件で取調べ検察官が大阪高裁で特別公務員暴行陵虐での付審判決定によって起訴されており、また、袴田事件での「控訴断念」の畝本直美検事総長談話で「控訴すべき事案」と述べたことが、袴田弁護団側から名誉毀損との厳しい批判を受けるなど、多くの不祥事に直面しています。
マスコミの中でも検察と関係の深い司法クラブやその出身者にとって、検察組織の現状を把握し、構造的な問題を明らかにして改善是正を求めることは、最も重要な使命であるはずです。大阪地検元検事正による性加害問題で、フジテレビ問題以上に深刻な「二次加害」が指摘されている検察に対して、説明責任を問い、フジテレビ問題と同様に第三者委員会の設置を求めていくべきでしょう。
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