2025年年頭メッセージ ~検察への大逆風の中、地方地検の公正適正な捜査に期待する
元日の能登半島地震、羽田空港地上衝突事故から始まった2024年は、世の中が、特に政治が激しく動いた年でした。それをどう受け止めるべきかがよくわからないまま、新たな年を迎えました。2025年は、その激変が日本社会にもたらすものを見極めていく年になるのではないかと思います。
何と言っても、最大の変化は、第二次安倍政権発足以降、10年以上にわたって続いていた「政治権力の集中」が崩れ去ったことです。2023年年末からの「自民党派閥政治資金パーティー裏金問題」が自民党を直撃し、国民の批判が高まる中、自民党は4月の衆議院補選での敗北に続いて、昨年10月の衆院選で惨敗、自公過半数割れに至り、少数与党に転落しました。
そのような重大な政治的影響をもたらした「裏金問題」ですが、国民の怒りが爆発する原因となったのは、5年間で総額7億円とも言われる「裏金」が明らかになったのに、「裏金議員がほとんど処罰も受けず、裏金について所得税も課税されず、納税も全く行っていないこと」「裏金問題の事実解明がほとんど行われていないこと」に対して国民の強烈な反発不満が生じ、その怒りの矛先が、裏金議員が所属する自民党に向かったためでした。
しかし、それらの原因は、実は検察捜査の方向性の誤りにあることを、私は再三にわたって指摘してきました。
政治資金規正法上、政治団体・政党支部への政治資金の寄附であれば、その団体の収支報告書に収入として記載しなければならないのですが、一方で、政治家「個人」への政治資金の寄附は違法であり、それについては収支報告書の提出義務自体がありません。
派閥からのパーティー券売上の還流金は、収支報告書に記載しない前提で派閥から所属議員側に渡されたものなので、それは、常識的に考えれば、議員個人宛の寄附ということになるはずです。議員個人宛だということになると、政治資金規正法21条の2第1項違反となり、禁錮1年以下・罰金の罰則の対象となります。
会計責任者や議員本人に、「収支報告書に記載しない前提の金である以上、資金管理団体、政党支部などに宛てた政治資金ではない」として、「政治家個人宛の寄附」として受け取ったことを認めさせる方向で捜査を行うべきでした。それによって「政治家個人宛の寄附」であることの立証が可能になり、同時に、それを議員の個人所得として課税することにもつながったはずです。
しかし、実際の検察の捜査は、それとは真逆の方向で行われ、還流金が資金管理団体などの政治団体に帰属していることを認めさせ、それをその政治団体の政治資金収支報告書に記載しなかった問題としてとらえようとしました。その結果、裏金議員の殆どが刑事立件すらできず、僅かに正式起訴した池田佳隆及び大野泰正の2名の国会議員についても、果たして有罪立証ができるのか疑わしい、という惨憺たる結果に終わったのです。
この問題は、「自民党の政治資金の不透明性」という構造問題に起因するもので、それまでのような特定の政治家をターゲットとして「巨悪との対決」のイメージで行われる「政界捜査」とは全く異なるものでした。
同じ政治資金規正法違反事件でも特定の政治家の単発的な事件とは性格が大きく異なるので、政治資金規正法の罰則の適用と捜査の方向性について、早い段階から、事案の性格や罰則適用上の問題点を踏まえた慎重な検討を行うことが必要でした。
多くの国会議員に関する、政治的な影響も極めて大きい問題であるからこそ、事案の実態に即し、違法な寄付の処理や税務問題なども含めて、常識にかなった、世の中の納得が得られる処分とすることが必要だったのに、東京地検特捜部は、従来の「政界捜査」としての政治資金規正法違反事件と同様に、「政治資金収支報告書の不記載・虚偽記入罪」の適用を前提に捜査処分を行ってしまいました。議員側に所得税が課税されない方向で政治資金収支報告書を訂正させ、何とか事件処理と平仄を合わせたのです。
それにより、刑事処罰・納税について国民の認識との間に著しい不満反発を生じさせただけでなく、事案の実態の解明も、ほとんど行われませんでした。
しかし、それによる批判の矛先が向かったのは派閥政治資金パーティーの当事者の自民党でした。「裏金問題」への国民の怒りが衆院選で自民党を直撃し、自公両党は過半数を大きく割り込み、日本の政治は大混乱に陥ることになったわけです。
このような「裏金問題」の検察捜査の誤りは、特捜部という捜査機関が、特定の対象者に狙いを定めてストーリーを設定し、強引な取調べでストーリーに合わせた供述を得て政治家の摘発などの成果を挙げようとする「権力機関」であり、客観的に事実解明を行い、法律をその趣旨目的に沿って適用するという、本来の「法執行機関」としての役割を果たして来なかったことに根本的な問題がありました。
私がかねてから指摘してきたのは、「検察の正義」を中心とする閉鎖的かつ自己完結的なガバナンスという検察組織の特異性の問題でした。その中核にある「特捜検察」の構造的問題によって生じたのが「裏金問題」の検察捜査の誤りでした。それが皮肉なことに、自民党政権に対して、それまでの特捜捜査の中でも最大級のダメージを与えることになったのです。
そのような「裏金問題」の捜査の誤りも、それが特捜検察の構造的な問題であることも、世の中にはほとんど認識されていませんが、昨年は、別の形で検察が社会から厳しい批判を受ける出来事が相次ぎました。
プレサンス事件での取調べ検察官について大阪高裁で付審判決定が出されたことに加え、袴田事件で控訴を断念した際の畝本直美検事総長談話で「控訴すべき事案」と述べたことが袴田弁護団側から名誉毀損との厳しい批判を受けました。そして、北川健太郎元大阪地検検事正による部下の女性検察官に対する不同意性交事件での逮捕・起訴は、検察組織内外に衝撃を与えました。これらの前代未聞の不祥事が続発し、今や検察は、大阪地検特捜部による村木事件での証拠改ざん問題に匹敵する、或いはそれ以上に深刻な状況にあります。
このように、自民党という政治権力が「裏金問題」に直撃されて大きく揺らぎ、その原因となる「裏金捜査」を行った検察の権力も、同時期に表面化した多くの不祥事でその信頼を失墜しかねない状況にある中、本来、民主主義において、権力の形成基盤となる公職選挙をめぐって激変が起きたことも、2024年後半における大きな動きでした。
7月の東京地知事選挙において、元安芸高田市長で東京ではほとんど無名だった石丸伸二氏が大量得票を獲得し、衆議院議員選挙では、国民民主党が議席を4倍増させる躍進をしました。そして、兵庫県知事選挙、名古屋市長選挙などで大きな力を発揮したのがSNSでした。
こうしたSNSがもたらした「選挙の激変」によって、これまで世襲が幅を利かせ、不透明な資金のやり取りが横行していた日本の選挙をめぐる旧来の構造が一変したこと自体は歓迎すべきことなのですが、SNSでの切り取りによるデマ投稿の拡散や、SNS運用等で業務として選挙に関わる行為の違法性という新たな問題を生じさせました。それらは、「選挙の公正」を大きく損なう可能性があります。
このような状況において、私は、兵庫県知事選挙に関して、PR会社merchu社長が斎藤元彦氏側からSNS広報戦略全般を任せられたとネット上のnoteに投稿した内容に基づき、斎藤氏と社長を公選法違反の買収・被買収の容疑で、上脇博之神戸学院大学教授とともに神戸地検と兵庫県警に告発しました。
これに対して、「大きな権力に立ち向かう正義の人と認識していたのにそれとはイメージが違う」という疑問の声がありました。また、私に対して「検察権力と対峙する」というイメージだったのに検察に権力行使を求める立場であることに違和感を持つ人もいたようです。
しかし、私が、これまで「権力の暴走」を問題にしてきたのは主に「特捜検察」のことです。県知事は、県では大統領に匹敵する、それ自体が「権力者」です。県民からの信任が不可欠であり、問題の指摘を受ければ常にしっかり向き合う必要があります。
特に、その知事が県民から選ばれた選挙というのは、その権力獲得の源泉なのですから、それに関する違法の疑惑に対しては、十分な説明が求められ、それを全く果たそうとしない知事に対しては、検察・警察の適正な捜査が求められるべきであることは当然です。
今回の兵庫県斎藤知事の公選法違反の問題の先行事例となるのが、2022年の長崎県知事選挙に関する大石知事の公選法違反・政治資金規正法違反疑惑であり、これについても私は、上脇教授とともに長崎地検に告発を行い、現在、長崎地検捜査班による詰めの捜査が行われています。
同じ検察でも、特捜部と、地方の地検の捜査とは全く異なります。
特捜部は、独善的で傲慢で、不当な取調べで批判を受けても強引に押し切ってしまう世界ですが、地方の地検の捜査では、不適正な取調べがあったり事実に対して不誠実な態度をとったりしたら、捜査が非常に困難になります。
今も、検察は多くの問題で大逆風の最中にあります。こうした中で、長崎地検と神戸地検が、公職選挙法・政治資金規正法という法律を正しく適用し、事実を解明し、適正な処分を行うことで、地域における「法の執行者」としての使命を果たしてくれることを期待しています。
検察組織の宿痾と言える「特捜部の構造問題」に対して、引き続き厳しい批判を行っていく一方で、地方では適正・公正な検察捜査を行うことで検察再生の足掛かりにしてもらいたいと願っています。
すでに登録済みの方は こちら