世界最高額ともいわれる東電株主代表訴訟・地裁判決と、その背景を読み解く#1

「7月13日の地裁判決」を中心にして東京電力福島第一原発事故をめぐる裁判を改めて整理し、なぜこのような異例な判決が下されたのか、そこから見える「本質的な問題」に迫っていきます。
郷原信郎 2022.08.04
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1.歴史的、画期的な判決(?)となった7月13日の地裁判決

(1)世界最高額と思われる巨額の賠償金

7月13日、東京電力福島第一原発事故(以降、この事故や、事故に対する損害賠償請求を「本件」と言うことがあります)をめぐり、東電の株主48人が、旧経営陣5人に対し、津波対策を怠り、原発事故が起きたために廃炉作業や避難者への賠償などで会社が多額の損害を被ったとして、22兆円を会社に賠償するよう求めた株主代表訴訟の判決が東京地裁で言い渡されました。

朝倉佳秀裁判長は、巨大津波を予見できたのに対策(原発建屋などの水密化、内部に水が流入しない対策)を先送りして事故を招いたと認定。取締役としての注意義務を怠ったとして、勝俣恒久元会長と清水正孝元社長、武黒一郎元副社長、それに武藤栄元副社長の4人に対し、連帯して13兆3210億円を支払うよう命じました(小森明生元常務については責任なし)(以降、「7月13日の地裁判決」と言います)。

この、「連帯して」というのは、“各自が賠償金の全額を支払わなければならない”という意味であり、どの取締役が請求を受けても、請求された取締役はとりあえずその全額を支払わなければなりません。誰がどれだけ負担するかは、あくまで事後的に、責任を負う各取締役の内部で、一定の負担割合に応じた精算が行われることになるにすぎません。個人に対しての「13兆円」という賠償請求額は、これまで裁判で認められた前例のない、あり得ないほど高額な金額、ということになります。

しかも、それは、個人の賠償額として最高額ということだけではありません。通常、会社としての賠償額の方が高額になるはずですが、それを含めても最高額になると思われます。統計がないので正確なところは不明ですが、今後、13兆円という金額で確定するようなことがあれば、国内最高額というだけでなく、世界最高額になると思われるような莫大な金額です(これまで裁判上の手続きにおいて一度に確定した賠償の最高額は、英石油大手BPが2010年4月にメキシコ湾で起こした大規模原油流出事故の、BPと沿岸政府・自治体との訴訟和解賠償金としての総額208億ドル(約2兆5000億円(当時))であると推測されます)。

訴訟大国アメリカでも見られない、歴史的、異例な判決、ということになり、注目を集めています。

(2)直近の最高裁判決と矛盾するかのような判断

この判決が注目を集めた理由がもうひとつあります。それは、わずか一か月前の6月17日に、同じ東京電力福島第一原発事故をめぐって、最高裁判所が、原発被災者に対する国の賠償責任を否定した判決を出していたことです(以降、「6月17日の最高裁判決」と言います)。仮に津波を予見し、対策(予想された津波による海水の流入を防ぐ防潮堤の設置等)をとっていたとしても、原子炉施設が電源喪失の事態に陥り、本件事故と同様の事故が発生するに至っていた可能性が相当にある、というのがその理由です。

この最高裁判決の言うように、対策を講じても事故は防げなかった、ということを前提とすれば、東電の取締役の責任も否定することになるようにも思われます。実際、株主代表訴訟の原告団のなかには、この最高裁判決を受けて、悪い結果を想定していた人も少なくなかったようです。それが、代表訴訟は一転して原告の全面勝訴となったことで、判断が矛盾しているのではないか、という声もありました。

(3)判決に対する報道

このような、画期的とも、挑戦的とも捉えられる「7月13日の地裁判決」に対して、マスコミの評価はみごとに真っ二つに割れています。

例えば、大手新聞社を見ると、読売新聞「現実離れした賠償額に驚く」(同月15日付「社説」)、産経新聞「またもや司法の大迷走だ」(14日付「主張」)など、異常な賠償額や、最高裁判決との矛盾などを理由に、かなり厳しく批判的に報じる新聞社がある一方で、朝日新聞は「断罪された無責任経営」(15日付社説)のなかで「事実を踏まえた説得力のある指摘だ。最高裁の判断は早晩見直されなければならない。」と指摘し、東京新聞が「甘い津波対策への叱責」(15日付社説)のなかで「「後世に残る名判決」との声が上がるほど適切な判断だったと大いに評価する。」と述べるなど、手放しで評価する新聞社もあるという状況です。

ただし、こうした各メディアの姿勢は、明らかに、社の方針としての原発推進派(読売、産経等)と反原発派(朝日、毎日、東京等)というイデオロギー対立の影響を受けていて、額面通りには受け取れない側面があります。

(4)本質的な問題

A. 「7月13日の地裁判決」自体の問題

今回の株主代表訴訟も国家賠償請求訴訟も、裁判所の判断が、特に不当だとか、恣意的だとは思えません。「6月17日の最高裁判決」は、4人の裁判官のうち、1人が反対意見、2人が補足意見を出していて、かなりぎりぎりの判断であったことがうかがわれます。一方の「7月13日の地裁判決」も、非常に丁寧な証拠調べや認定をしており、結論はともかく、その判断自体は、なにか突飛で異例な判断を下したわけではないのです。

それにもかかわらず、裁判所の判断に対する評価が真っ二つに割れるのは、その判断の前提となる法制度の問題に根差していると考えられます。原発に対しては、推進派と反原発派との激しい対立があるため、どうしても制度的な問題が見過ごされがちで、これまで、きちんと報じられ、世の中に正確に理解されているとは思えませんが、本来、場の違いに関わらず、真剣に考えなければならない問題のはずです。

例えば、「7月13日の地裁判決」の株主代表訴訟における巨額の賠償金については、そもそも、“リスクの高い事業によって利益を享受する立場にあった株主が、その事業による損害を取締役個人に全額転嫁することの問題点”や、“原賠法という法律が、「法律上は」東電に極めて重い責任を集中的に課していることの問題点”など、様々な法制度の問題が背景にあることを理解しないと、正当な評価はできないように思いますが、そうした問題を深掘りし、報じているメディアは少ないようです。

それに関連して、私自身の個人的なエピソードもあります。

私は、法務省法務総合研究所総括研究官だった2004年に、兼任していた桐蔭横浜大学特任教授の立場で、同大学コンプライアンス研究センターを設立し、本格的にコンプライアンスに関する活動を開始しました。2006年3月末で、検事を退官し、弁護士登録をしましたが、この時、23年間検事として勤務したことで退職金が支給されました。その退職金を安全・確実な資産として投資したいと考えて、当時、顧客向け講演を依頼されるなどしてコンプライアンスの活動に関して付き合いが深かった大手証券本店営業部に口座を開設し、運用先の選定を委ねました。その時、営業部長が、「利回りのよい預金のようなものですから」と言って選んでくれたのが、「東京電力」「関西電力」でした。それぞれ1000株、投資を委ねた資産の概ね半分が、その二つの電力会社の株に変わりました。

いずれ、「自分史」の中でも書くことになると思いますが、私自身も、司法試験受験浪人時代から株式売買の経験があり、自分で投資判断をすることも可能でしたが、当時、コンプライアンスに関する講演、執筆活動等に忙殺されていて、自分自身で投資に時間をとる余裕は全くなかったので、その営業部長に任せたのです。その後、父が、中国電力社員だったこともあって、電力会社からのコンプラインス講演を依頼されることも多く、中国電力が、土用ダムのデータ改ざん問題で厳しい社会的批判を浴びた際には、2007年から、同電力のアドバイザリーボードの委員長を務め、同社のコンプライアンス推進に関わりました。

そういう私にとって、2011年3月11日の東日本大震災に伴う福島第一原発事故は、衝撃でした。基本的に、電力会社幹部を、原発事業も含めて、理解・信頼する立場でコンプライアンスの指導・啓蒙に関わってきた立場の私にとって、そのうちの1社である東京電力が、原発によって、日本社会に壊滅的な被害を生じさせたという現実に、たじろぎました。それからしばらくして、証券会社の担当者から、「東京電力、関西電力の株価が大きく下げていますが、どうされますか」と電話がかかってきました。

原発を運用する電力会社には、原子力損害賠償法(「原賠法」)に基づく無過失責任(詳しい内容、解説については次回以降にお話しします)があり、原発事故による甚大な損害賠償債務で、少なくとも東京電力の株式は無価値に近いものになることは予想できましたし、関西電力も、大きな影響を受け、株価が大きく下落するであろうことは予想できました。しかし、私は、その時、「株価が下がり切るまで売らない」と決意しました。私には、そのような電力会社の株主として、そして、そのような会社のコンプライアンス推進に関わった人間として、責任がある。多くの投資家が、原賠法による電力会社の責任を認識していない状況で、自分だけ先回りして売り逃げすることなどできないと考えたのです。結局、私が東電、関電に投じた資金は概ね5分の1になった時点で売却しました。

もちろん、私の場合、単なる株主というだけではない、電力会社との関係がありましたから、私が考えたような「株主としての責任」を他の株主に押し付けるつもりは毛頭ありません。しかし、コンプライアンスの専門家を自称してきた私ですら、原発事故前の電力会社の姿勢に、特に大きな問題は認識しておらず、原発は基本的に安全なものだと思い、それを前提に電力会社のコンプライアンスを考えていました。それだけに、原発事故後、「環境変化の激変」に対応できていなかった九州電力が起こした「やらせメール」問題では、第三者委員会委員長として、厳しく問題点を指摘しましたし、2019年に、関西電力の旧経営幹部が原発の立地自治体の元助役から多額の金品を受け取った問題が表面化し、その経営幹部が、かつて私の経営幹部向けコンプライアンス講演を神妙な面持ちで受講していた人達であったことを知った時には、本当に愕然とし、厳しく批判しました。

原発事故に関して、電力会社側、その経営幹部が責任を問われることは致し方ないと思います。しかし、それだけに単純化できる問題ではありません。その複雑な背景、法制度上の問題等を、少しでも多くの人が理解することが不可欠だと思います。

B. 東京電力福島第一原発事故をめぐる多数の裁判で現れた問題点

株主代表訴訟、国家賠償請求のほかにも、東電に対する賠償請求、取締役に対する刑事責任追及など、東京電力福島第一原発事故をめぐる裁判は多岐にわたっています(【表2】参照)。しかし、そもそもなぜそのような多数の裁判が起きているか、ということや、そうした裁判と「7月13日の地裁判決」との関連、影響、判決の意義や、判決で露わになった日本の法制度、特に原子力賠償法や会社法などの問題点、矛盾点などについて、丁寧な解説をしている報道はほとんど見受けられません。

(5)本連載の意義

そこで数回に分けて、「7月13日の地裁判決」を中心にして東京電力福島第一原発事故をめぐる裁判を改めて整理し、なぜこのような異例な判決が下されたのか、そこから見える本質的な問題に迫っていきたいと思います。

なお、こうした問題の理解には、様々な法律、法制度への理解が必要になりますが、法律に詳しくない人にこそ問題を理解して頂きたいと考えており、できるだけ平易な表現を心がけていきたいと思います。また、「過失」「予見可能性」「結果回避可能性」などの、本件を理解するうえで必須の法律用語については、解説を加えながら進めていきます。「そんな基本的なことはわかっている」と思われる方は、読み飛ばしていただいて構いません。

いままで「なんとなくわかっているようで、わかっていない」、そして事故から10年以上経過しているのにあまり改善されているとは言い難い、東京電力福島第一原発事故を巡る問題を、原発推進or反原発というイデオロギー的な話を抜きにして、できるだけ網羅的に、できるだけ掘り下げながら解説を進めていきます。またその後も、「なんとなくわかっているようで、わかっていない」世の中の事象の本質的な問題について、順次解説していきますので、是非ご期待ください。

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