読売「首相退陣誤報」“検証記事”は、現職首相への重大な名誉毀損

読売新聞の検証記事の客観性には大きな問題がありそうです。
郷原信郎 2025.09.08
誰でも

石破茂首相が、自民党本部で開かれた両院議員総会で参議院選挙敗北の総括を受けて続投の意思を改めて表明した翌日の9月3日、読売新聞は、7月23日夕刊と号外、24日朝刊で、石破首相(自民党総裁)が退陣する意向を固めたと報道したことに関して、紙面で【首相「辞める」明言、読売「退陣」報道を検証…石破氏が翻意の可能性】と題する検証記事を掲載するとともに、関係者の社内処分を発表しました。

「結果として誤報となり読者に深くおわびします」

と読者に陳謝していますが、報道は十分な取材に基づいた問題のないものだったということであり、関係者の処分も「首相の退陣についての重大な誤報」にしては、極めて軽微なものに過ぎません。

それに加えて、さらに徹底した批判を展開しているのが、同日午前5時2分にアップされた読売オンラインのネット記事です。

タイトルに【進退、揺れ動く首相…石破氏が虚偽説明 読売「退陣」報道を検証】と「石破氏が虚偽説明」と明記し、2段落目で

読売新聞は、石破首相の発言をもとに退陣意向を報道したが、首相は様々な場で「自分は辞めるとは言っていない」と繰り返している。こうした虚偽の説明をされたことから、進退に関する首相の発言を詳細に報じることにした。

と述べています。

紙面の記事にあった「社内処分」「陳謝」はこのネット記事からは消えており、ネット記事だけを読む限り、要するに、「石破首相が周辺に退陣の意向を伝えていたのに、それを翻し、その後退陣の意向を固めた事実も否定する虚偽説明をしたもので、読売新聞には非がない」という内容になっています。

読売オンラインには、紙面と同じタイトルで、同じ内容の検証記事も、上記記事の1分後の5時3分にアップされています。しかし、その1分前に「虚偽説明」の記事が出されているので、ネット上では、「虚偽説明」の記事が圧倒的に広く拡散されました(9月6日朝の時点での表示数は、紙面と同じ記事が10万であるのに対して「虚偽説明」記事は67万、引用ポストもほとんどが「虚偽説明」記事です)。

つまり「虚偽説明」記事の方を、ネット上で広めようとする意図が窺われます。

読売新聞が、「現職の首相が退陣の意向を固めた事実」を「退陣へ」と号外まで出して報じ、それが「誤報」だったことについて、私は、7月27日に投稿したYahoo!記事【読売新聞(毎日新聞)の「石破首相退陣へ」誤報は、戦後最大の報道不祥事~自民党石破総裁は厳正な抗議を!】で、厳しく批判しました。

この頃、私は、7月15日に悪性リンパ腫で集中治療室(ICU)に緊急入院し、同月23日ICUから一般病床に移ったものの、抗がん剤の副作用による発熱、肺炎併発や、感染症で左手が腫れているなどこともあって、従来のような執筆は困難な状況でした。

しかし、読売・毎日新聞の「石破首相退陣へ」誤報は、重大な政治報道不祥事であるにもかかわらず、SNS上の一部で問題にされていただけで、一般メディアには全く問題にする動きが見えませんでした。この報道の在り方に関して、コンプライアンスの専門家としてどうしても看過できず、世の中に私の見解を伝えたいと考え、事務所スタッフに口述筆記、補助をしてもらい、病床から投稿することにしたものでした。

同記事では、

《石破首相自身の方針という内心を述べたものであり、その本人が明確に否定した以上、客観的事実と異なっていたことが明白になった。仮にそれまで推測に基づいて報じていたとしても、もうその推測の根拠が失われたのだから、その報道を訂正し、謝罪するということになるのが当然。ところが、読売新聞・毎日新聞は、そのように石破首相に明確に否定された事実を翌日の朝刊であえて大々的に報じた》
《報道の範疇を大きく逸脱した「新聞の暴走」と言わざるを得ない。》

と厳しく批判しました。

この記事は、アクセス数も通常のYahoo!投稿とは桁違いで、記事を案内するX投稿のプロフィール上の固定ポスト表示数もあっという間に40万を超え、膨大な数のリプライ、引用ポストが投稿されるなど、反響は極めて大きいものでした。

読売新聞の「虚偽説明」ネット記事は、「石破退陣報道」の大誤報を徹底批判した私のYahoo!記事への反論を意識したものと見ることができなくもありません。

しかも、現在、9月2日の両院議員総会を受けて、総裁選前倒しに向けての手続が行われています。読売新聞の「検証記事」は、誤報の原因を「石破氏の虚偽説明」だとして石破首相を強く批判するものです。同記事で読売新聞が明記した「石破首相の虚偽説明」が十分な根拠に基づかないものだとすれば、それ自体が、総裁選前倒しの手続における自民党議員、各県連による意思表明に対して、「石破首相は信用できない」との印象による重大な影響を生じさせることとなります。まさに、「虚偽説明」と表現した検証記事自体が、正真正銘の「戦後最大の報道不祥事」となり得るのです。

幸い私の方は、8月29日、抗がん剤の効果でリンパ腫は相当程度抑えられ、今後の治療が通院で可能となったことから、ようやく退院することができました。退院後の3クール目の抗がん剤治療後の経過も順調で体調も良いので、“エンジンほぼ全開”で、読売新聞「虚偽説明記事」の中身を詳細に分析検討することとしたいと思います。

検証記事の「前提事項」の問題

読売新聞の「検証記事」は、最初に

首相の進退は、国民生活や外交を含む国政運営に多大な影響を及ぼす。このため、政治部は、側近や首相秘書官ら周辺のみならず、首相本人の発言を確認することを最優先に取材を進めてきた。

と述べていますが、これには、重大な疑問があります。

後述するように、「検証記事」に書かれている、「読売記者が直接石破首相に直接取材した場面」と「聞き出した話」の中身は僅かな断片的なものに過ぎません。

問題は「側近や首相秘書官ら周辺」からの取材です。

私はYahoo!記事を書く前に、石破氏と親しく本人や首相秘書官に直接話を聞くことができるジャーナリスト2人から話を聞いています。毎日新聞が「石破首相退陣へ」と報じた直後に、石破氏の退陣意向など全くないことを確認しています。また、Yahoo!記事を出した直後に石破氏本人と電話で話し、「続投意思に全く揺らぎはない」ことも確認しています。毎日・読売の退陣報道後に、首相周辺から「誤報」との批判が上がったことからしても、読売新聞の取材先が「側近や首相秘書官」とは極めて考えにくいでしょう。

問題は、「(側近や首相秘書官)ら周辺」という表現です。

「検証記事」で「周辺に語った」と言っている「周辺」と言い得るのは、その範囲を広げたとしても、日頃から石破氏と接触する機会の多い自民党関係者くらいです。

首相という立場で、参院選での敗北を受けて当面どう対応するかという話の中で、「首相辞任」が選択肢の一つとして出て来るのは当然ですし、ましてや、参院選直後は、マスコミがこぞって「選挙で示された民意を受けて退陣」を当然のように論じ、それに乗じる形で自民党内からも「石破おろし」の動きが起きている状況でした。

そのような情勢も踏まえて、石破首相と接触した自民党関係者が選挙後の対応について話をする中で、「首相は当面は辞任しないが、しかるべき時期に辞任を考えているはずだ」などと、推測、憶測をまじえて話をする人間がいたとしても全く不思議ではありません。

「検証記事」は、そのような状況で、記者が取材した過程で、「取材メモ」等に残されている記述を拾い集め、それを根拠に「石破首相が周辺に話した」ということを述べているのでしょう。しかし、そのような石破首相の話を聞いたとするのが誰であるか明らかにされておらず、「氏名不詳者の話」に過ぎません。その話が本当に石破首相自身の言葉を聞いたということなのか、それとも聞いた話の解釈ないし推測に過ぎないのか、「検証記事」には、それらを判断する材料となる、「どのような立場で、どのような場面で、そのような話を聞いたのか」は全く書かれていません。

そうなると、最大の問題は、正体不明の「周辺者の話」をつなぎ合わせたと思える「石破首相の話」に関する「検証記事」の内容自体、そのストーリーが合理的か否かです。

そして、そのようなストーリーを前提に、石破首相に直接取材した際の実際の「発言」の内容が、「退陣の意向を固めた」と判断する根拠になり得るものかどうかです。

「検証記事」が主張する「石破首相の虚偽説明」のストーリー

読売新聞が「検証記事」で主張している「石破首相の虚偽説明」というのは、要するに、

参議院選挙の選挙結果を受けての進退についての石破首相の意向は、何度も揺れ動いた。そして、その中で何回も退陣の意向を「周辺」には発言していた。しかし石破首相は、公式には「続投の意思は全く揺れたことはない。退陣の意向について発言したことも一度もない」と一貫して述べている。それが「虚偽説明」だ。

ということです。つまり、「続投の意思の揺れ」「退陣の意向」の二つを否定していることが「石破氏の虚偽説明」だということです。

その二つの点についての「検証記事」のストーリーは、大まかに言えば、次のようなものです。

  • (1)選挙結果が出る前、石破首相は、「道筋をつけて次の人に受け渡すということだ」と発言して、「次」へのバトンタッチ、つまり「退陣」を視野に入れた発言をしていたが、一方で、「辞めるとは明言しない」と言って、「退陣の意向」を明言しない方針だった。

  • (2)開票が進むなかで出演した20日夜のテレビ番組では、「40議席台後半なら、なんとかなるかもしれないと思った。できるところまでやる」と続投を明言し、選挙結果が確定した後の総裁記者会見で石破氏は続投を正式に表明したが、その間に、「辞めるとは明言しない」と周囲に語り、本音では「退陣の意向だが、それをすぐには明言しないという方針だ」と語っていた。

  • (3)首相は、22日夜、米国による関税措置を受けた日米協議に区切りがついた段階で退陣する意向を周囲に明言した。

  • (4) 「退陣への段取り」として、8月6、9日の広島、長崎の「原爆の日」、戦後80年を迎える15日の「終戦の日」は、「首相としての出席」の意向を示す一方、それに続いて、月末の8月20~22日に横浜市で予定されていた「第9回アフリカ開発会議」(TICAD9)は、「辞めると言った後に俺がやる」と語っていた。

  • (5) 首相は、7月23日午後には、首相経験者の岸田文雄、菅義偉、麻生太郎の3氏との会合が予定されており、首相はその場で退陣の意向を3氏に伝える考えを周囲に明かしていた。

  • (6) こうした取材をもとに、読売新聞は23日朝刊で「首相、近く進退判断」の見出しで、「首相は、米国の関税措置を巡る日米協議の進展状況を見極め、近く進退を判断する意向を固めた」と報じた。この朝刊を読んだ首相は23日朝、記事を肯定し、同日朝には、米国のトランプ大統領が日本との交渉妥結を表明したことを受け、読売が、首相に心境の変化がないかを改めて取材したところ、退陣の意向に変わりはないとの認識を示した。

(読売新聞は、上記の(1)~(6)の取材経過から、23日午前中、毎日新聞の「石破首相退陣へ」のネット記事に続いて、号外で「石破首相退陣へ」と報じ、翌24日の朝刊でも同趣旨の記事を一面トップで報じた。)

  • (7)毎日、読売の「退陣報道」の後の23日午後、石破首相は3人の首相経験者との会談後、記者団に「私の出処進退については一切、話は出ていない。一部に報道があるが、私はそのような発言をしたことは一度もない」と否定した。

「検証記事」が、(1)~(7)の中で石破首相の「続投意思の揺れ」「変遷」だと言いたいのは、以下の3点なのでしょう。

  • (ア)選挙結果が出る前に「次へのバトンタッチ」と言って「退陣の意向」を視野に入れていたのに、開票結果を受けて「できるところまでやる」に変化した((1)⇒(2)の変遷)。

  • (イ)その翌日の22日夜には、「米国による関税措置を受けた日米協議に区切りがついた段階で退陣する意向」に変わった((2)⇒(3)の変遷)。

  • (ウ)「8月中の退陣の意向表明までの段取り」まで語り、7月23日午後には、首相経験者3氏との会合で退陣の意向を3氏に伝える考えを周囲に明かしていた。それに加え、読売新聞は、23日朝刊で「首相、近く進退判断」の見出しで、「首相は、米国の関税措置を巡る日米協議の進展状況を見極め、近く進退を判断する意向を固めた」と報じ、記事が掲載された23日朝に、米国のトランプ大統領が日本との交渉妥結を表明したことを受けて再度石破首相に直接確認したところ、「退陣の意向に変わりはない」との認識を示した。ところが、その直前に、毎日・読売新聞が「石破首相退陣へ」と報じたことに反発して続投方針に変わった((3)(4)(5)(6)⇒(7)の変遷)。

では、上記の3つの「石破首相の続投意思の揺れ」「変遷」が果たしてあったのか、(6)で読売新聞が直接確認した際の石破首相の言葉が、本当に「退陣意向を固めた」と判断できるようなものだったのでしょうか。

石破首相の続投意思に「揺れ動き」「変遷」があったのか

(ア)の変遷

まず、「(ア)の変遷」についてです。

以下は、(1)の「検証記事」の記述です。

首相が自らの進退をほのめかしたのは、参院選投開票日の7月20日午後1時ごろだった。非改選議席を含めて与党で過半数を維持できる「自民、公明両党で50議席以上」という、自らが定めた「必達目標」に届くかどうかが危ぶまれていた。道筋をつけるという条件付きながらも、「次」へのバトンタッチを視野に入れた発言だった。
首相は、翌日に予定されていた自民党総裁としての記者会見でどう発言するかについても語り、「辞めるとは明言しない。ここで辞めると言ったほうが楽だ。俺だって言いたい。でも、政権を放り出すことで内政も外交も混乱する。この状況で次の人にバトンをつなげない」としていた。

この時点では、まだ選挙結果は出ていないものの、自民党にとって相当厳しい結果になることが予想されており、開票が始まる前の投票日午後の「出口調査」の結果では、自公両党で過半数どころか、40議席台をも割り込む大惨敗になる予想が有力でした。そういう可能性もあるということを念頭に置いた石破首相の発言であれば、それが実際にいつになるかはともかく、いつかは「次へのバトンタッチ」をしなければならないのですから、それが選挙結果如何で重要な問題になるのは当然です。

石破首相が「辞めるとは明言しない。ここで辞めると言ったほうが楽だ。俺だって言いたい。」と発言したとしても、「いずれにせよ、選挙後に辞任を明言することはしない」ということであり、内心で「辞める」ことを決めているのかどうかについては何も言っていません。

いずれにせよ、選挙結果が出る前の発言は、石破首相が自公両党で過半数という必達目標に一議席でも届かなければ首相を辞任する意向だったとする根拠にはなりません。

選挙結果を受けての石破首相の(2)についての記述は以下のとおりです。

開票が進むなかで出演した20日夜のテレビ番組では、首相は「いかにして政治空白を作らない、混乱を大きくしないかは常に考えねばならない」と述べ、続投を明言した。
参院選での各党獲得議席数が確定したのは21日午前だ。自民、公明両党は計47議席にとどまり、自民党政権で初めて衆参で少数与党となる事態に陥った。
選挙結果を受け、首相は21日午前11時ごろ、「40議席台後半なら、なんとかなるかもしれないと思った。できるところまでやる」と周囲に語った。50議席に迫る議席を確保できたことで、続投に傾いたことをうかがわせた。その後の総裁記者会見では、「ここから先はいばらの道だ。赤心報国の思いで国政にあたっていく」と表明した。   

あたかも、選挙結果が出た後に、石破首相の考えが変わったかのような印象を与える書き方ですが、実際には、選挙結果が出る前の《「次」へのバトンタッチ》を実際にどうするかについて、「自公で過半数に3議席届かなかった」という直前の予想の議席数を上回る選挙結果を受けて、「できるところまでやる」と判断したということであり、特に、石破首相の考え方が変わったわけではありません。

(1)と(2)についての「検証記事」の内容は、(ア)の変遷があったことの根拠にはなりません。

(イ)の変遷

次に「(イ)の変遷」です。

これは、(2)で、石破首相は、選挙結果が判明しつつあった20日の夜以降、続投の方針を表明し、21日には「できるところまでやる」という意向を周囲に語っていたのに、22日の夜には、一転して、「関税交渉で合意が実現すれば辞意を表明する」という方針に変わったことを指します。

その(3)の「関税協議に区切りがついた段階での退陣の意向」についての「検証記事」の記述が以下です。

首相が、米国による関税措置を受けた日米協議に区切りがついた段階で退陣する意向を周囲に明言したのは、22日夜のことだ。赤沢経済再生相が関税を巡る閣僚協議のため訪米し、交渉は山場を迎えていた。
首相は、赤沢氏の交渉手腕に期待していると語りつつ、「関税交渉の結果が出たら、辞めていいと思っている。でも、交渉中に『辞める』なんて言えない。だから俺は続けると言っているんだ」と説明した。
関税交渉で合意が実現すれば、「記者会見を開いて辞意を表明する。辞めろという声があるのなら辞める。(参院選敗北の)責任は取る。でも、国益をかけた戦いだけは、最後まで見届けさせてほしい」とも語っていた。

ここで、石破首相の「関税交渉の結果が出たら、辞めていいと思っている。」「関税交渉で合意が実現すれば、記者会見を開いて辞意を表明する。」と発言したことになっていますが、問題は、ここでの「合意実現」が、いかなるものを前提にしているのかです。

一口に「合意実現」と言っても、その内容は、石破政権の成果として評価される日本の国益につながる「合意」から、トランプ大統領に屈して、日本の産業に打撃を与えると批判される「敗北的合意」まであり得ます。

実際には、23日の朝、トランプ大統領がXで「日本とは関税率15パーセントで合意」と投稿し、それまでの「25%」から「15%」をEUに先駆けて実現したことがわかり、日本側にとって関税交渉で大きな成果が上がったことが明らかになりました。

このような「合意成立」の見通しは、それまで表には全く出てなかったものの、日本政府側では、ある程度予想され、その前日の22日の夜の時点では、石破首相にも報告されていたはずです。それを前提にすれば「交渉の成否が見え次第、記者会見を開く」というのは、それまでの「できるところまでやる」という「続投の姿勢を一層明確に打ち出す」という趣旨のはずです。

しかし、22日の夜の時点では、そのような「日本側に有利な関税合意の見通し」については、石破首相を始めごく限られた政府関係者の中でだけ共有され、自民党関係者にも、各社の政治部記者も全く把握していませんでした。

むしろ、この時点では、トランプ大統領のそれまでの強硬な姿勢から考えて、当初の25%の関税が引き下げられることはほとんど予想されておらず、むしろそれ以上に関税を吹っかけてくるという見方すらありました。マスコミ各社も「関税合意の見通し」は悲観的に見ていたはずです。

そうなると、もともと「参院選で敗北した石破首相の続投はありえない」との認識で固まっていた読売記者としては、「周辺者」との会話で、関税合意の見通しが日本側にとって不利なものとなることを前提に、「さすがの石破首相もこれで続投を断念するだろう」という見通しで話し、それが記者会見で「辞意を表明する」という勝手な憶測につながり、その旨の取材メモが残っているということでしょう。

「国益をかけた戦いだけは、最後まで見届けさせてほしい」と石破首相が「周辺」に語っていたとすれば、日本側に有利な合意のみ投資を念頭に、それにこぎつければ自信を持って続投表明できるが、万が一「交渉失敗が確定」したら辞任を表明せざるを得ないという趣旨にも受け取れます。

つまり、(3)は、単に読売新聞が関税合意の見通しについて正しい情報を得ていなかったために、「合意実現後の記者会見による表明」の意味を完全に取り違えていたのであり、(イ)の変遷はなかったと言わざるを得ません。

(ウ)の変遷

次に「(ウ)の変遷」です。

これは、(3)の「米国による関税措置を受けた日米協議に区切りがついた段階で退陣する意向」、(4)の8月の「退陣表明に向けての段取り」で、「退陣表明を行うこと」が前提であり、それが(5)の「首相経験者3氏との会合」で3氏に伝えられて表明される予定だったというものです。

さらに、読売新聞にとって「最大の変遷」が、石破首相が、(6)の読売の23日朝刊の「近く進退を判断する意向を固めた」との記事を肯定し、関税合意成立の発表を受けても、「変わりはない」と答えていたにもかかわらず、「首相経験者3氏との会合」後の記者対応で退陣意向についてもその旨の発言をしたことについても否定したことでしょう。

しかし、(3)の「関税協議に区切りがついた段階での退陣する意向」が読売新聞側の誤った認識によるものであることは既に述べたとおりですし、また、(4)についても、「退陣意向」の根拠は、以下に述べるとおり、全くないに等しいのです。

「退陣へ段取り」の小見出しの記述で、最初に、

首相はさらに、8月6、9日の広島、長崎の「原爆の日」、戦後80年を迎える15日の「終戦の日」は、首相として臨みたい考えを示した。

と述べて「首相としての出席」の意向を示したことが書かれ、それに続いて、

8月20~22日に横浜市で予定されていた「第9回アフリカ開発会議」(TICAD9)にも触れて、「TICADは俺がやるよ。もう辞めると言った後だけど」とも語っていた。

とされています。

「首相としてやる」という趣旨の発言が続いているのに、その後に、「もう辞めると言った後だけど」という言葉が付け加えられているのは明らかに不自然です。これが「周辺者」の話だとすると、どの時点で「辞めると言う」のか、という話がなければおかしいでしょう。仮に取材メモにそのような記述があったとしても、全く無意味なものです。

しかし、この箇所で首相が「周囲」に語った内容の中で、「退陣の意向」に直接的に言及したのは、この「もう辞めると言った後だけど」だけです。

そして、次の(5)の「退陣の意向の説明」についての記述です。

首相は、退陣の意向をどう説明していくかの段取りも周囲に明かしていた。
7月23日午後には、首相経験者の岸田文雄、菅義偉、麻生太郎の3氏との会合が予定されており、首相はその場で自らの意向を3氏に伝える考えだった。「説明すれば、首相経験者だから気持ちは分かってくれると思う」と吐露していた。

ここでは、「自らの意向」を3氏に伝えるとしているだけで、その伝える「自らの意向」の中身が何なのかはわかりません。それが「退陣の意向」だと推測する根拠は、結局のところ、その前の段落で、関税合意の中身の予測を間違った「辞意を表明する」と、「もう辞めると言った後だけど」という不自然に付け加えられた言葉だけです。

わざわざ「首相経験者3氏との会合」を設定したのだから、そこで石破首相が何らかの重要な内容の話をしようとしていると推測するのは自然です。そこで、読売側には、退陣の意向を示すのが当然だという「決め付け」があったと考えられます。

その背景には、前記のような「選挙で3連敗した石破首相は責任をとって退陣するのが当然」「石破首相は続投表明を覆して退陣表明をする大義名分を探っている」というような見方があったのでしょう。

23日読売朝刊記事についての石破首相の反応と取材への返答

そして、読売新聞にとって最大の拠り所は、その3氏との会合が予定されている翌23日の朝刊の記事についての石破首相の反応と、読売の取材に対する石破首相の返答です。しかし、そこには、重大な「ごまかし」があります。

「検証記事」では、

こうした取材をもとに、本紙は23日朝刊で「首相、近く進退判断」の見出しで、「首相は、米国の関税措置を巡る日米協議の進展状況を見極め、近く進退を判断する意向を固めた」と報じた。

と述べています。

しかし、実際の23日朝刊の記事は、「首相、近く進退判断」の見出しで報じているものの、リード文の中頃に「近く進退を判断する意向を固めた」との記述がありますが、その文末では「交渉の成否が見え次第、記者会見を開き、進退を明らかにする考えだ。」と書かれており、「進退を判断した上」「記者会見を開き、進退を明らかにする考え」だというのがこの記事の趣旨です。

「検証記事」の「意向を固めた」という言葉だけであれば、内心の問題であり、すぐに表に出すという意味ではありません。「退陣の意向」を内心で固めたがしばらく表には出さないという意味であり、まさに、その後の号外、翌日の朝刊での誤報での「(退陣の)意向を固めた」という表現と同じです。読売新聞は、この23日朝刊記事の内容を前提に、石破首相に「変わりないか」と質問して確認したとしていますが、「意向を固めた」だけであれば、「その意向を表に出さない」という趣旨になります。

実際の23日朝刊の記事のリード文で、「交渉の成否が見え次第」「記者会見を開き進退を明らかに」としているのは、「交渉の成否」如何で、「進退」を表に出すということです。そこで、明らかにする「進退」には、「進」も「退」もあり得ますが、交渉が成功し、日本に有利な条件で合意成立の見通しとなった場合には、石破政権の評価が大きく高まるのですから、常識的には「進」の方向に傾くはずです。逆に、関税交渉で日本側の要求がほとんど通らず、「交渉失敗」に終わる見通しになれば、「退」となるのも致し方ないことになります。

そういう意味で、「表に出す」ことが前提であれば、「続投表明」の趣旨、「意向を固めた」だけであれば、「退陣意向を固めるだけで、それは表に出さない」という趣旨にもなるのであり、そこには大きな違いがあります。

重要なことは、この時点では、8月1日の25%の関税適用開始に向けての日米交渉は日本側にとって相当厳しく、この記事での「交渉の成否」は、それまでに日本側にとって有利な形での決着は考えにくいというのが世の中の見方の大勢であり、読売新聞の認識も同様であり、23日朝刊は、そのような前提で書かれていたと考えられることです。

しかし、実際には、23日の朝、「25%」から「15%」をEUに先駆けて実現したことがわかり、日本側にとって関税交渉で大きな成果が上がったことが明らかになりました。

石破首相は、このような「合意成立」の見通しを認識していたはずです。日本に有利な方向での「関税合意成立」に漕ぎつけたのであれば、それは成果をあげた石破政権継続の理由になるとともに、その後その合意を実現するために石破政権が取り組んでいかなければいけないと考えるのが当然です。

石破首相にとって、日本側にとって有利な「関税合意」が成立し、記者会見で改めて続投を表明する、という進退の「進」の方に重点があり、そのような23日朝刊の読売記事には特に違和感はなかったはずです。

「選挙で3連敗した石破首相は責任をとって退陣するのが当然」という自民党内やマスコミの論調に支配され、石破首相は続投表明を覆して退陣表明をする大義名分を探っていると考えていた政治部記者は、「交渉結果発表」=「石破退陣表明」しか頭になかったようです。日本に有利な方向での「関税合意成立」も、「石破退陣花道論」に強引に結び付け、「退陣意向を固めた」と判断しました。それが、23日の毎日新聞、そして、読売新聞の「大誤報」につながりました。

「石破首相退陣へ」記事検証の核心・読売新聞の「思い込み」

「検証記事」は、23日朝刊の「首相、近く進退判断」に対する石破首相の反応について、以下のように述べています。

この朝刊を読んだ首相は23日朝、「これで党内が静かになるといいな」と周辺に語り、記事を肯定した。同日午前9時すぎには首相官邸で記者団に、「交渉結果を受けて、どのように(進退の)判断をするかということになる」と本紙報道を認める発言をした。
記事が掲載された23日朝には、米国のトランプ大統領が日本との交渉妥結を表明した。これを受け、本紙は、首相に心境の変化がないかを改めて取材したところ、首相は「今日は発表しない」としたものの、退陣の意向については「変わりはない」との認識を示した。
こうした中、毎日新聞がニュースサイトで首相が退陣意向を固めたと報じた。22日夜と23日朝にかけて首相の意向を確認していた本紙も23日夕刊と号外で、「石破首相退陣へ」の見出しで、首相が退陣の意向を固めたことを報じた。報じるにあたり、首相側にはメールで通告した。

これが、「石破首相退陣へ」の記事の「検証」の核心部分です。

既に述べたように、23日の読売朝刊の記事本文の「交渉の成否が見え次第、記者会見を開き、進退を明らかにする考えだ。」という記述は、「交渉の成否」によって「進退を明らかにする」というものであり、「進」も「退」もあり得ます。その朝刊記事が出た後に、関税交渉について、日本側に有利な「合意成立」が報じられたのですから、「進」の可能性が高まったと考えるのが常識的な見方です。石破首相も、読売朝刊記事の「交渉の成否が見え次第、記者会見を開き、進退を明らかにする考えだ。」との本文記述には特に違和感をもたなかったはずです。

「これで党内が静かになるといいな」というのも、「進退判断」と記事が出た後に発表になった「関税合意」が日本にとって有利なものであることがわかれば、「党内が静かになること」を期待することも当然です。「交渉結果を受けて、どのように(進退の)判断をするかということになる」と記者団に語ったのも同趣旨です。それは確かに「本紙報道を認める」と言えますが、そこでの「進退を明らかにする」というのは、上記のような趣旨であり、決して「退陣の意向」を表明することではありません。

ところが、読売新聞は、米国のトランプ大統領が日本との交渉妥結を表明したことを受けて、「首相に心境の変化がないか」を改めて取材し、「今日は発表しない」「変わりはない」という短い返答を、あろうことか、「退陣の意向の表明」と受け取ったというのです。

それは、石破首相の「進退判断」についての発言の趣旨の誤解によるものであり、まさに、「思い込み」によって石破首相の返答の趣旨を取り違え、あるいは意図的にとらえたものです。

そして、毎日新聞の「退陣へ」のネット記事配信で先を越されたことを受けて、読売新聞は、号外まで出して「石破首相退陣へ」と報じました。

読売新聞の「検証」からは、記者ないし政治部の「思い込み」による石破首相の発言の誤解があり、それによって、「石破首相退陣へ」という見出しで、「参院選で自民、公明両党の与党が大敗した責任を取って退陣する意向を固めた。」という記事を発出するという「大誤報」を行ったことになります。

「思い込み」の構図における「池下卓事件誤報」との共通性

この誤報での「思い込み」の構図は、8月27日の「公設秘書給与不正受給か 維新衆院議員 東京地検捜査」の記事で、東京地検特捜部の捜査対象者を取り違え、日本維新の会の石井章参院議員ではなく、同党の池下卓衆院議員について秘書給与不正受給の疑いで捜査が進んでいるとの誤った報道を行ったことについて、「検証記事」で「最初の取材で担当記者に思い込みが生じたうえ、キャップやデスクも確認取材が不十分だったことを軽視し、社内のチェック機能も働いていなかったことが誤報につながった。」というのと全く同じ構図です。

ところが、石破首相退陣記事に関する「検証記事」では、この「思い込み」を全く無視し、同日午後の総理経験者3名との会談とその後の石破首相の記者への説明について、以下のように述べて、あたかも、それまでの石破首相の発言を覆した「虚偽説明」であるかのように述べています。

本紙が退陣意向を報道した直後の23日午後、3人の首相経験者との会談が予定通り行われたが、首相は「参院選の総括をせねばならない」と話すのみで辞意は伝えなかった。麻生氏は「石破自民党では選挙に勝てない」と自発的な辞任を求めたものの、首相は返答しなかったとされる。首相は会談後、記者団に「私の出処進退については一切、話は出ていない。一部に報道があるが、私はそのような発言をしたことは一度もない」と否定した。

しかし、「辞意は伝えなかった」のは、もともと「辞意」はないのですから、当然のことです。「石破自民党では選挙に勝てない」という麻生氏の発言は、あくまで「次の選挙」の話であり、次の参議院選挙まで3年近く、衆議院の任期も3年余ある状況では、次の選挙を「石破自民党」で戦うかどうかと、「石破首相の現時点での自発的辞任」とは関係がありません。「私の出処進退については一切、話は出ていない。」という石破首相の説明には何ら間違いはありません。「一部に報道があるが、私はそのような発言をしたことは一度もない」という石破首相の発言も、これまで読売の検証記事について検討してきたところからも、そこにも何ら偽りはありません。

結局のところ、(ウ)の変遷も全くなかったのであり、「検証記事」を検討すると、石破首相の意向の「揺れ動き」「変遷」なるものの根拠は全くなく、読売新聞が石破氏に直接「退陣の意向」を確認したことに対する「虚偽説明」の事実も全くないのです。

「検証記事」による石破首相に対する「虚偽発言」批判は重大な名誉毀損

今回の読売新聞の「検証記事」による、現職首相に対する「虚偽発言」批判は、「周辺」による石破氏の言葉を、その立場や発言の背景も曖昧にしたまま、都合よくつなぎ合わせたもので、「退陣の意向」に直接関係するものはほとんどなく、あっても全く信用性のないもので、まさに、「周辺者供述」の「偽装」に近いもので、しかも、23日の朝刊についての石破首相への直接取材での石破首相の回答の趣旨を「思い込み」で取り違えているにもかからず、「検証記事」では、「取り違え」を棚に上げて、

退陣の意向について「変わりない」と答えた

などと、石破首相が「退陣意向」と答えたかのような「回答の捏造」まで行っています。

さらに、看過できないのは、実際の23日朝刊記事のリード文は、「記者会見を開き、進退を明らかにする考えだ。」で締めくくられているのであり、「意向を固めた」としか書いていないのではありません。「検証記事」では、同記事を「近く進退を判断する意向を固めた」と記載し、「明らかにする」という文言を除外して、「退陣報道記事」と同一の文言であったかのように印象づけています。この点も、検証記事の客観性に大きな問題があります。

このような悪辣な「偽装」「歪曲」まで行って、石破首相に対する「虚偽説明」批判を行う「検証記事」が石破首相に対する重大な名誉毀損であることは明らかです。

しかも、それを、総裁選前倒しの意思確認の手続が行われようとするタイミングで大々的に新聞記事にしたのですから、それによって石破首相に対する批判を高め、総裁選前倒しで退陣に追い込もうとする意図も明白です。

客観的かつ公正な報道を行うべき新聞社として到底許容できない行為であり、まさに、「新聞社による一大政治犯罪」です。

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